歌舞伎劇評 平成三十年十二月 歌舞伎座
年の瀬の歌舞伎座は、玉三郎を座頭とする一座、若手花形を大胆に抜擢した番組で評判となった。
昼の部はまず『幸助餅』(今井豊茂補綴。演出)から。松竹新喜劇ではなじみのある演目で、私も子供時代に藤山寛美で観た思い出がある。平成十七年一月で鴈治郎(当時翫雀)によって大阪松竹座で歌舞伎として上演された折りは、見逃している。
芯となる大黒屋幸助を松也、敵役となる関取雷五良吉を中車が演じる。人のよい大阪商人の幸助は、相撲の贔屓で雷五良吉に身代を傾けるほど入れあげる。雷が江戸へ転じたのち、幸助は大店を夜逃げ同然で追われ裏店にくすぶっているが、大関になったとお礼に現れた雷に、再起のために妹を廓に売った金まで入れあげようとする。幸助の妻おきみ(笑三郎)幸助伯父五左右衛門(片岡亀蔵)は、雷にいったん渡した金を返してくれと求めるが、雷は応じない。この恨みに奮起した幸助は、幸助餅の店を開いて大繁盛となる。
どんでんがえしのある典型的な人情噺だが、松也が演じると単なる人のよい男ではなく、パトロンとなり金を分不相応につぎ込んでしまう人間の業が浮かび上がってくる。ある種の心の闇がほのみえるのが手柄。これは大阪で作られた台本に本来ひそんでいるものだが、松助と演出がうまく引き出している。
中車は世話物を演じて、写実に徹するかに思えるが、実は時代に張る部分もあって融通無碍な芸に達しつつある。前半、まったく肚を割らないのもすぐれている。廓の三ツ扇屋の女将に萬次郎。さすがに虚飾と実のあわいにある稼業の女将の雰囲気を出す。芸者秀ゆうは笑也。出番は少ないが仇な色気が出た。幸助妹は児太郎。可憐な魅力がある。
続いて、玉三郎監修の『お染の七役』。序幕からお染、久松、竹川、お光、小糸とめまぐるしく早替りを見せる。早替りは極端な役柄の打ち出しが必要だが、壱太郎の懸命な勤め方が胸を打つ。芝居としては、壱太郎が土手のお六となってからの小梅莨屋から油屋見世先の強請場が見どころ。松緑の喜兵衛という役にうってつけの先輩が、がっしりと壱太郎の悪婆ぶりを引き受けている。油屋に入ってからは中車の久作、彦三郎の清兵衛、権十郎の油屋太郎七と世話物の役者も揃って、松緑、壱太郎が自在な芝居を見せる。それにしても、玉三郎の指導に忠実に、忠実にと教えを墨守しているのだろう。まずは、ここから。のちに二度目、三度目を勤めるとき、独自の色を出してくるのが楽しみな出来であった。歌舞伎座の幕切れ「まずはこれぎり」を二十代の壱太郎がひとりでいったのは、何と言ってもその身の誉れ。一生の思い出になるに違いない。二十六日まで。