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2019年5月12日日曜日

【劇評138】七代目丑之助襲名。音羽屋、播磨屋。藝統のまじわり。

歌舞伎劇評 令和元年五月 歌舞伎座夜の部2

團菊祭五月大歌舞伎。夜の部の『絵本牛若丸』(村上元三脚本 今井豊茂補綴)は、この月、七代目丑之助を襲名した寺嶋和史がおっとりとした御曹司ぶりで将来を期待させた。
なんといっても、幕外に彦三郎、(坂東)亀蔵、松也、(尾上)右近、権十郎、秀調の渡りゼリフからはじまり、幕が開くと、舞台中央の大ゼリから迫り上がる場面が圧巻。下手に菊五郎、上手に吉右衛門に挟まれて、中央に丑之助いどころを定めるが、現代歌舞伎の頂点にあるふたりの藝容の大きさが、ひとりの少年を引き立てるためにあるという不思議。いや孫を思う祖父のありように心打たれる。そう、こうしたふんだんに注がれる愛情なくしては、等身大の人間ならぬ、異様な宿命を生きる歌舞伎の役柄と一体化する役者が生まれないのかも知れぬ。

それにしても、これまで直接、交わらなかった二つの藝統がこの少年をきっかけに大きく変容したことを重く見る。
菊五郎が鬼次郎、時蔵がお京、吉右衛門が鬼一法眼、雀右衛門が鳴瀬となる趣向もおもしろく、また松緑、海老蔵が山法師となって暴れるのも気が利いている。菊之助がこの後の幕で白拍子花子を踊るにもかかわらず、あえて荒々しい弁慶を勤めるのも、藝統の交わりといってもいいだろうと思う。
御曹司はあまたいるけれどもこれほどの初舞台を得る役者はめったにいるものではない。丑之助は過度に緊張することなく、この場を柳に風と愉しんでいる。ときに(こういってよければ)飽いている。このあたりの春にふわさしい風を受けて、襲名の狂言は終わる。若き丑之助は母方の祖父吉右衛門から、兵法書の虎の巻を渡され、この巻物をかざして花道を引っ込む。途中で父菊之助に「馬になれ」と命じて、肩車をしてもらうが、巻物はしっかりと握って振りかざす。こうした勘所は絶対にはずすまいと周囲はさぞ苦労しただろう。また、丑之助もその教えを守ろうと懸命に勤めていた。二十七日まで。