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2016年1月25日月曜日

【書評4】扇田昭彦の姿勢。あくまで新しい時代を背負っていく演劇人の後援者として

 扇田昭彦『こんな舞台を観てきた 扇田昭彦の日本現代演劇五〇年史』(河出書房新社 2016年)

扇田さんが亡くなったとき、私は老いとはこういうものかと思った。気がついたら自分が競馬馬でいえば最終コーナーにさしかかっていると思い知らされたのだった。扇田さんがいるうちは、「扇田さんがいるから」と影にかくれたり、風に直接あたらないことも出来た。これからはもう、そんなわけにはいかない。

昨年五月に急逝した演劇評論家扇田昭彦の遺著となったのが『こんな舞台を観てきた 扇田昭彦の日本現代演劇五〇年史』である。雑誌「シアターガイド」に連載した同名の「こんな舞台を観てきた」が第一部で一九六○年から九五年まで、状況劇場の『唐十郎版 風の又三郎』から大人計画『愛の罰』までもが淡々たる筆致で綴られる。上演された時点で書かれた文章ではない。現在から過去を振り返る批評はときに懐古的になりがちだが、扇田はジャーナリストとしての姿勢を崩さず、センチメンタルな私情を挟んでいない。かといって冷ややかなのではない。あくまで新しい時代を背負っていく演劇人の後援者としての立場が貫かれている。
また、第二部では一九九四年から一五年までの批評が集められている。パルコ『オレアナ』から神奈川芸術劇場+地点の『三人姉妹』まで。こちらもその年を代表する舞台を網羅するが、時評として書かれているので、あくまで現在形の文章である。扇田昭彦の功績はなんといっても日本の現代演劇が大きく舵を切ったとき、すなわち新劇からアングラ演劇のちに小劇場演劇へと軸を移したときにいち早くその流れを追い、マイノリティであった小劇場をメインストリームへと引き上げたところにある。その意味で扇田の仕事は永遠の革命を続けるような部分があり、常に新たな才能を見いだしていく困難が課せられていた。本書を読むとその労苦と同時に愉悦が見て取れる。
公の席で扇田と話したのは、早稲田大学の特別講義で、児玉竜一教授の肝いりの座談会が最後だった。公演の終わりに現役の朝日新聞記者から質問が出た。私はそのときにも答えたが、扇田昭彦は朝日新聞記者としてジャーナリストのスタンスを貫いたけれども、演劇界の人々にとっては若年から偉大な批評家で、専門記者の領域にとどまる人ではなかった。それだけは、はっきり書いておくべきだろうと思う。改めてご冥福を祈りたい。