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2020年4月14日火曜日

【劇評158】幸四郎の佳品『蝙蝠の安さん』

十二月は、新作歌舞伎の月になりました。

 歌舞伎座の「白雪姫」、演舞場の「ナウシカ」が大作だとすると、国立劇場の『蝙蝠の安さん』は、佳品です。
 私はあまのじゃくだからか、こんなさりげない舞台が気になります。なので、わずか五回の公演しかないのですが、三宅坂に行ってみました。

 まず、木村錦花の脚色という言葉にひかれました。
 『野田版 研辰の討たれ』も、錦花の小説を原作としていますが、大正、昭和の演劇界で活躍した人だけに、モダンでセンスがいい。
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 昭和九年(一九三四)に日本で初公開されましたが、ワールドプレミアのわずか半年後には歌舞伎座で上演されていた。その速度感がなんとも小気味がよいじゃありませんか。

 『蝙蝠の安さん』は、もとより、『与話情浮名横櫛』の「蝙蝠安、蝙蝠の安五郎」です。与三郎に悪事を教えたのはこの蝙蝠安。
お富の住む小粋な家にゆすりたかりに現れる小悪党です。
 与三郎とお富が、美男美女だとすると蝙蝠安はどうも冴えません。
 本来は上手い脇役が演じる役ですが、六代目菊五郎や初代吉右衛門が勤めた例もあるので、演じてみたい欲を誘うのでしょう。

 今回、幸四郎の安は、もとより祖父の初代吉右衛門を意識しているのでしょう。渋いこしらえで出ますが、当代の幸四郎は、少し外してチャリのある役に向いています。チャップリンと似ているかどうかは別として、幸四郎が舞台で遊んでいるのがよくわかります。

 たとえば、チャップリンの『街の灯』ではボクシングだった場面。
 蝙蝠の安さんは、眼病に苦しむ花売りのお花(新悟)のために、治療費を稼ごうと相撲の懸賞に挑みます。
 役付に勝ったら五両。ボクシングのポーズを入れているのも、ご愛敬。肌を見せても、それが愛嬌になっている。ひどいめにあっても、悲惨にならない。このあたりが幸四郎のよさだと思います。
 
 酔っては周囲に絡み、朝になると安を招いたことさえ忘れてしまう。裕福な旦那を演じる猿弥とのやりとりも軽快です。
 お花の母おさき(吉弥)のやさしさ。母娘に同情する大家の勘兵衛(友右衛門)と、チャップリン世話物を盛り立てていました。

 安易な希望を語れない世相を反映しているのでしょうか。

 幸四郎は、年の瀬にもかかわらず安易な大団円を用意しませんでした。お花は、きっと蝙蝠の安さんの熱い気持ちに気がついていたが、決して寄り添う相手ではないと思っていたような気さえしてきます。
 結末から、お花や安さんの明日を想像してみるのも、私たちの楽しみだと思います。

 二十日(金曜日)、二十四日(火曜日)、二十五日(水曜日)いずれも十九時から、国立劇場。