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2018年1月14日日曜日

【劇評98】白鸚、幸四郎、染五郎の襲名。まずは大吉。

 歌舞伎劇評 平成三十年一月 歌舞伎座

あけましておめでとうございます。今年もどうぞよろしくお願いいたします。

高麗屋三代の襲名の席に立ち会う。新春大歌舞伎は、三十七年の時を隔てて、ふたたび白鸚、幸四郎、染五郎の名が、新しい世代に引き継がれた。
ここで私なりの白鸚の思い出を語る。まぎれもない英雄役者で、なかでも青果の『元祿忠臣蔵』の大石内蔵助の端然とした姿が今も記憶に残っている。一九七八年の国立劇場。八代目幸四郎として最晩年の舞台だが、ただ端座するだけで、まぎれもない武士がそこにいる。何もしない藝というが、単に動きがない演技を指すわけでない。動きは最小限であっても、その人物として乱れなくそこにいる藝をまのあたりにした。粗にして野だが、卑ではないとの言葉があるが、八代目幸四郎、初代白鸚ほど、そんな評言が似合う役者を知らない。
今回の襲名で、九代目幸四郎は、二代目白鸚となって『菅原伝授手習鑑』「寺子屋」の松王丸を出した。無駄な動きを排して、きりつめた演技でありながら、子を身代わりに差し出した男の絶望をありのままに描いている。その描線は太く、胆力にあふれている。松王丸の病いとは、身体の病いではなく、人間として、父親として並外れた覚悟を強いられた男の病なのだとよくわかった。「にっこりと首差し出しましたか」と泣き上げる件も様式に寄りかからずに、実がこもっている。新・白鸚がこれまでの蓄積の末に到達した独自の藝が、父の初代白鸚を思い出させる不思議を思う。梅玉の源蔵、魁春の千代、雀右衛門の戸浪、左團次の玄蕃、藤十郎の園生の前と現在の歌舞伎を代表する世代が脇を固めて悪かろうはずもない。東蔵は百姓吾作、猿之助は涎くりに回った「ごちそう」で襲名のめでたさを盛り上げる。
さて、染五郎改め十代目幸四郎は、昼の部に『菅原伝授手習鑑』「車引」の松王丸、夜の部に『勧進帳』の弁慶を勤めて、高麗屋の藝を正統に継承していく覚悟を示す。
「車引」は、勘九郞の梅王丸、七之助の桜丸、彌十郎の時平公の顔合わせ。十代目は、これからの世代のリーダーとして、歌舞伎界の地図を塗り替えていくのだろう。そのためには、今月でいえば、勘九郞、七之助とともにする舞台が大きな鍵となる。思えば、昨年の八月、『野田版 研辰の討たれ』の舞台は、染五郎を中心として今月の「車引」を務めた役者が結集していた。古典ばかりではなく新作歌舞伎に意欲的なのも、染五郎、勘九郞、七之助、彌十郎の強みだろう。
さて舞台の出来だが、この世代はすでに自分自身の本役を見定め安定してきたと思う。まず、勘九郞と七之助ばバランスがよく、長い語りの末に深編笠を取ったときの新鮮さ、顔を見せない場面でも、梅王丸と桜丸が声の調子と身体で描画できている。また、新・幸四郎の松王丸は身体を大きく見せたりする無理からほぼ解き放たれた。力感を肚に落として、でっけえという化粧声を受け止める余裕さえ感じられた。彌十郎は古怪の意味をよく理解して、超自然的な存在であろうとしている。
幹部総出演の口上に続き『勧進帳』となる。平成二十六年十一月歌舞伎座。染五郎として始めて弁慶を勤めたときの配役は、染五郎の弁慶、幸四郎(現・白鸚)の富樫、吉右衛門の義経だった。このときは精一杯の弁慶が、義経を危機から救おうとする役の性根がだぶって胸を打った。
今回も懸命の舞台であるが、吉右衛門との拮抗に力点がある。山伏問答も、弁慶が富樫の追求を洋々と跳ね返すのではなく、薄氷の思いで切り抜けているとわかる。また、義経(新・染五郎)打擲の前、吉右衛門の富樫が、強力の正体は義経だ見破り、義経を守り抜こうとする弁慶の必死な姿に打たれ、すべてを胸に収めて、富樫自らの死を覚悟する藝が圧倒的に優れている。十代目幸四郎の弁慶は、これ以降、富樫への恩を片時も忘れず、芝居を運んでいる。この肚があって、延年の舞も、より深い翳りを帯びてくる。新しい染五郎には、なによりこの役に欠かせない気品がある。華がある。これからの充実が期待される。二十六日まで。
この襲名披露は、二月も続く。幸四郎の『熊谷陣屋』、白鸚の『七段目』がたのしみでならない。