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2016年4月15日金曜日

【劇評44】仁左衛門渾身の「杉坂墓所」「毛谷村」

 歌舞伎劇評 平成二十八年四月 歌舞伎座昼の部

四月歌舞伎座夜の部、仁左衛門渾身の『彦根山権現誓助𠝏』。通常は「毛谷村」からだが、今回は先立つ「杉坂墓所」が出たので、六助が弥三松を引き取る経緯、そして六助が微塵弾正の計略にかかって試合の勝ちをゆずる理由がよくわかる。歌六の弾正があえて身体を硬く使って、偽善で固めた性格を指し示す。
とはいえ、芝居の眼目は「毛谷村」。孝太郎のお園は、女武道ながら内心のかわいらしさがよくでた。婚約者とわかってからの恥じらい、はしゃぎっぷりはこの役者ならではのもの。彌十郎は斧右衛門をつきあうが、百姓ではない。土ではなく、木であり、母殺しの仇を討ってほしいとの訴えに誠実味がある。真実を知ってからの仁左衛門が、抑えた芝居で真実の怒りをみなぎらせた。「毛谷村」は実はむずかしい芝居だと思うが、近年のなかではもっとも充実している。現在の仁左衛門に似合った出し物となった。
続いて高野山開創一二○○年記念と題した新作歌舞伎『幻想神空海』(夢枕獏原作、戸部和久脚本、斎藤雅文演出)。唐の都長安に遣唐使の留学生としている時代、空海(染五郎)が遭遇した怪事件を描く。若き日の空海、相棒となる橘逸勢(松也)。青春を謳歌し、ひとかどの人物となっていく成長譚だが、いかんせん、物語が筋を追うばかりで、歌舞伎的な演出にも乏しく冗長な六章となってしまっている。先月襲名した雀右衛門の楊貴妃、歌六の丹翁、幸四郎の皇帝はさすがに立派だが、ドラマを大きく動かすには至っていない。二十六日まで。