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2016年4月15日金曜日

【劇評43】悪が吐く毒 幸四郎の『不知火検校』

歌舞伎劇評 平成二十八年四月 歌舞伎座昼の部

春爛漫の四月大歌舞伎は幸四郎、仁左衛門に、先月襲名したばかりの雀右衛門も加わった一座。新作歌舞伎(かきもの)もあって、斬新な番組立てとなった。
昼の部はまず『松寿操り三番叟』から。すっかり操りといえば染五郎の当り狂言となった。今回は後見が松也で、さらっと、そして華やかに幕をあける。五穀豊穣を願う踊りで春のさかりの浮き立つ気分にふさわしい。
続いて宇野信夫作・演出、今井豊茂脚本の『不知火検校』。十七代目勘三郎が初演したこの芝居、平成二十五年九月には、新たに改訂した台本で幸四郎が富の市、後に二代目検校を勤めている。幸四郎は第一幕の富の市では、地を這うような野心の鋭さを見せ、第二幕検校に成り上がってからは、悪のなかに俗っぽさを漂わせることを厭わない。ありていにいえば、好色ぶりも強調して、欲望のままに振る舞う人間の本質をあきらかにする。悪の手助けをするのは、手引の幸吉実は生首の次郎(染五郎)、丹治(彌十郎)、玉太郎(松也)だが、三人三様、悪といっても濃淡があり、個性があるとよくわかる。小説でもピカレスクロマン(悪漢小説)が好まれるのは、人間の自由とは何かを問いかけてくるからだろう。この芝居もそうなっている。孝太郎がいささか品のない愛妾おはんを好演。その間夫指物師辰五郎(錦之助)も頼りないところが好ましい。
第二幕第六場、町の人々から礫をあびた検校。幸四郎は悪が吐く毒を濃厚に漂わせる。「おらぁ地獄でまってるぜ」のタンカも効いた。
昼の部の切りは、ご存じ『身替座禅』。仁左衛門の山蔭右京、又五郎の太郎冠者、米吉の侍女千枝、児太郎の侍女小枝、左團次の奥方玉の井と鉄壁の布陣。仁左衛門は単にここにはいない花子への浮気心ばかりではなく、怖い奥方に対する甘えの気持を滲ませるのが手柄。又五郎は「はーっ」と出から気の力をこめてこの狂言をひとときも気を抜かずに支えている。左團次と又五郎の芝居が弾み、この狂言では初顔合わせだが、芝居への愛情が伝わってくる出来だ。後半、太郎冠者から奥方に替わっていると知らずに、花子へのおのろけをひとりがたりする件り、仁左衛門は春風駘蕩たる気分が先行して、情景の描写が後退する。これに対しては賛否があるだろうと思う。二十六日まで。