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2015年5月17日日曜日

【閑話休題13】命の音

岩波現代文庫から6月15日に発行される『坂東三津五郎 歌舞伎の愉しみ』『坂東三津五郎 踊りの愉しみ』の校正などを進めてきました。二月の急逝を受けて、三津五郎さんの言葉のひとつひとつが、単行本刊行時とは、また別の意味をもって胸に迫ってきました。たとえば、父九代目の晩年について、舞台を踏む音を「命の音」と呼んだ件りは、重く、悲しく、読むことになりました。

『坂東三津五郎 踊りの愉しみ』の現代文庫版あとがきの一部を引用します。

亡くなった父九代目の生き方を尊敬されていた。本書の二十一頁に、九代目の晩年を振り返ったくだりがある。
「舞台を踏むといっても、日本舞踊、歌舞伎舞踊の場合は所作台を舞台の上に敷いてありますから、よい音が出るようになっています。何気なく聞いていますけれど、踏む音というのは命の音なんですよね。『その人がそこにいる』というしるしです。
うちの父が晩年にだいぶ体が弱ってきていて、ポンと音を出して踏んだとき、感動しました。
踏む音がするというのは、肉体があるということだと実感しました。普段は何気なく聞いていますけれど、そのときに、
『舞台を踏む音というのは、その人が生きていることの証なんだな』
と、そんな感想を持ったことがあります」
書き起こしたとき、父を語っていい言葉だなと思った。この一節が文庫版では、別の意味を持って胸に迫ってきた。
本書から、名人が残した命の音を聴いていただけれれば幸いである。