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2018年11月4日日曜日

【閑話休題78】田中佐太郎自伝の沈黙と凄み

閑話休題 田中佐太郎著 氷川まりこ聞書き『鼓に生きる』

藝と教育とは何か。果たして、藝を伝えることは可能なのか。藝を追い求めることと、自分が舞台に立ちたい気持ちは、同じことなのか。
さまざまな問いが浮かび上がってくる良書。田中佐太郎の自伝『鼓に生きる』を読んだ。
ほとんど年子の三人兄弟を、能の大鼓方亀井広忠、歌舞伎の傳左衞門、傳次郎として育て、一方で、国立劇場の養成所で鳴り物を長年教えた。
実子を教えることの困難さがまず、ある。西洋音楽でもみな、自分の子供にたとえばピアノを教えるのはむずかしいという。
また、養成所の二年間で他人にそこまで時間とエネルギーを費やす無償の贈与。
おおよそを成し遂げた今だから、余裕を持って振り返っている。けれど、完全に男社会ではじめて黒御簾に社中を率いる者として入ったことの凄みは、だれにもわからない。おそらくは墓場まで持って行きたいことがあったはずだろうと思う。なにせ、現場は歌舞伎座である。けれど、何も語らない。その沈黙の凄さがこの一冊を必読の書としている。沈黙する大人の姿勢に、読者も身をただしたくなる。
夫、亀井忠雄はいう、「(観世)静夫と佐太郎がいたから、あの子たちみたいな「魔物」ができたんです」圧倒的な共感を呼ぶ一言だった。