長谷部浩ホームページ

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2015年8月9日日曜日

【閑話休題18】勘三郎と三津五郎の納涼歌舞伎

8月の1日に、納涼歌舞伎を記念して、勘三郎と三津五郎についての書き下ろし執筆に入った。
あれから10日、ようやく400字詰で70枚を超えた。このあたりまでは、
私自身が子供で舞台を観ていないか、観ていても鑑賞眼などなかったので、
どうしても資料に頼らざるをえないので、本の山に埋まっていました。

ようやく時期も昭和の終わりから平成に入り、納涼歌舞伎が始まった時代に差しかかりました。
私自身は現代演劇の劇評家でしたが、徐々に本人たちとの接触がはじまります。

たぶん、このあたりで筆致がどうして変わっていくので、
書き進めるのが慎重になってしまいます。

けれど手元の日記やメモ、自分が書いたインタビュー記事や劇評をもとに、
ふたりのことを書き継ぐのは楽しい。

この夏休みは、ふたりから与えられた楽しみを、大切に味わいたいと思っています。

平成二十年、納涼歌舞伎について演劇界に寄稿した原稿で私はこんなことを書いています。

「勘三郎、三津五郎という大きな名跡を継承し、五十の坂を越えたふたりにとって、こうした役は、もはや八月でなくとも、その身にふさわしい。
観客にとっておもしろく、なお実験の場でもある。こうした納涼歌舞伎の精神は受け継がれ、遠からず、納涼歌舞伎もそのかたちを自ら変えていくことになるのだろう。
平成二年から、もう二十年の年月が過ぎた。強い期待を集めていたふたりは、ひとかどの役者になりおおせたのである。
その道筋で、納涼歌舞伎がどんな役割を果たしたかは、八月の公演を愉しみにしてきた観客がよく知っている」

遠い昔をみるような気持ちになりました。