長谷部浩ホームページ

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2019年6月15日土曜日

【劇評142】博多座へ菊之助の『土蜘』を観に行く

歌舞伎劇評 平成元年六月 博多座

菊之助は歌舞伎舞踊の名手としての地位を確立しつつある。特に今年の前半は『関の扉』(国立劇場小劇場)、『京鹿子娘道成寺』(歌舞伎座)と舞踊の大曲に敢然と挑んでいる。
六月の博多座では、五代目菊五郎が初演し、六代目によって熟した家の藝『土蜘』を勤めると聞いて取るものもとりあえず出かけた。
初日には芝居の途中で、平井保昌役の左團次が舞台に出られなくなって、いったん幕を下ろして続きをはじめるアクシデントがあったという。私の見た八日は、左團次に替わった彦三郎、彦三郎が勤めていた番卒次郎の橘太郎も安定した出来で、舞台は落ち着いていた。
病の床についている源頼光(梅枝)に薬を届けに来た侍女胡蝶(尾上右近)の舞は、華やかに終わるが、どこか不吉な低音が響いているかのようだ。学僧を名乗る智壽(菊之助)は、第一声から不気味な気配を放つ。これまでの修業を聞いて、頼光に祈祷を頼まれた智壽の全身から妖気がほどばしる。
菊之助は自らの来歴を語るが、長唄を挟んで「春の花、秋の月 人はたたえて、めずれども」と華やかであるはずの景色を語るが、怪異にこだわって、叙景の力に欠ける弱みがある。
欠点と云えばそれくらいで、後シテの土蜘の精となってからは古墳から現れた妖怪変化と変じて破綻がない。蜘蛛の糸もスペクタクルに終わせまいとの姿勢が感じられ、地霊として地下にすまう蜘蛛の不気味が、所作の端々に込められている。
眼目の畜生口もカッと決まって揺るぎがない。大曲を踊り込んできた体力、気力の充実がある。加えて、立役を勉強してきた甲斐もあり、声量や力みに頼るのではなく、内に秘めたエネルギーが舞台を圧していた。
石神をめぐる間狂言は、権十郎と橘太郎、坂東亀蔵と萬次郎がうまくからんで楽しい。代役ながら腕のある橘太郎が舞台を引き締める。
菊之助の進境を考えると、この秋には歌舞伎座で、ぜひ『春興鏡獅子』を久しぶりに観たくなった。二十六日まで。

2019年6月13日木曜日

【劇評141】三谷幸喜の新作歌舞伎はいかに。

歌舞伎劇評 歌舞伎座夜の部 

夜の部は、みなもと太郎原作、三谷幸喜作・演出の『三谷かぶき 月光露針路日本(つきあかり めざす ふるさと』。三谷には、『決闘! 高田馬場』(PARCO劇場)の名作がある。ところが意外なことに、歌舞伎座では初の作・演出。幸四郎と猿之助の技藝を見せる通し狂言となった。
ロシアの大地を彷徨い、帰郷の一念を通す大黒屋光太夫(幸四郎)と個性豊かの水主たちの群像劇となった。猿之助、愛之助、男女蔵、宗之助、廣太郎、種之助、染五郎、松之助、弘太郎、鶴松、幸蔵、千次郎。それぞれのおもしろみを書き分けるのは、三谷ならではの手腕だろう。なかでも、男女蔵を茫洋とした性格で生かしたのは出色。
ただし、実話からとった原作に忠実なあまり、日本からレニングラードへ過酷な旅が続くが展開に乏しい。幸四郎、猿之助による連作『弥次喜多』の三谷版となった。高麗蔵の怪演、八嶋智人の達者。彌十郎の実直。
教授風の松也を幕開きと結尾に出すが、この芝居をメタシアターにする意味がわからない。船親司三五郎とポチョムキンの二役を白鸚が勤める。歌舞伎だけではなく、ストレートプレイやミュージカルでも鍛えてきた柄の大きさ、貫禄が舞台を圧した。二十五日まで。

【劇評140】古典を令和に生かす。吉右衛門と仁左衛門の技藝

歌舞伎劇評  歌舞伎座昼の部 令和元年六月

歌舞伎座の六月は、伝統的な演目を揃えた昼の部と、三谷幸喜の新作で通した夜の部が並ぶ。平成のように、円熟期にある大立者が昼と夜に一本ずつ出し物をする、芯を取るような狂言立てが、むずかしくなっているのを痛感する。
昼の部は、幸四郎、松也による『寿式三番叟』。松也も踊りで芯を取るような存在となった。千歳は松江。翁の東蔵は、さすがに貫禄を見せる。さまざまな世代がひとつの舞台に乗って、新しい世の豊饒を願う。
続いて荒事。魁春の千代、雀右衛門の春に、まだ若い児太郎の八重。魁春に六代目歌右衛門を、雀右衛門に先代の面影を重ねる。このふたりの鍛えた地藝を児太郎に伝える場ともなっている。
吉右衛門の出し物は、『梶原平三』。大庭に又五郎、六郎太夫に歌六を配して、安定した舞台となった。ここでも俣野に歌昇を、梢に米吉を抜擢して、新鮮味が加わる。奴萬平は錦之助。吉右衛門の平三は、大庭、俣野の言葉を受け止めつつ、耐え、そして柳に風とかわしていく大きさがある。私の見た日だけだろうか。疲れが見えた。これほどの名優だけ体をいたわってほしいと切実に思う。大庭に深い肚を感じ、六郎太夫にひたすら娘を思う心情があふれた。
『封印切』は、仁左衛門の忠兵衛、孝太郎の梅川。八右衛門は愛之助が勤める。
仁左衛門は「おえんさん」と戸口から呼びかけるところから、色事師の風情がある。謹厳実直な商人ではなく、花街でも、もててもてて仕方ない愛嬌の持ち主をよく描き出している。
本来の向き不向きはあろうが、男の意気地を賭けた対決を、仁左衛門、愛之助が調子よくたたみかける。善と悪ではなく、現実主義者と見栄っ張りがぎりぎりで行う言葉の達引。
彌十郎の治右衛門は、ものわかりやのみこみが早いだけではなく、ふたりの行く末を心底案じている。対になる秀太郎のおえんとともに、廓の住人にも、一分の魂があると思わせる。幕切れ、梅川、忠兵衛が花道を行くとき、ふたりの手が闇に浮かび上がる。その深い思いが伝わってきた。二十五日まで。

2019年5月12日日曜日

【閑話休題81】蜷川幸雄の思い出。そして平山周吉の『江藤淳は甦える』について。

一ヶ月前に、平山周吉の『江藤淳は甦える』(新潮社)を送っていただき、連休の間、読みふけっていた。
江藤淳について書かれた評伝について、書評めいた文章を書くほどの知識は持ち合わせていない。
なので、踏み込んだことは書けない。書けないのだが、亡くなった人を弔う本については、少し思うところがあった。
私は蜷川さんが亡くなって、息もつかずに『権力と孤独 演出家蜷川幸雄の時代』を書いた。
なぜだろうと、今になって思い返す。
少し、時間をかけて、十分に取材も幅広く行い、足音を追い、ゆかりの土地も踏んで書いてもよかったと、今更ながら思う。
ただ、当時思っていたのは、今、その瞬間を駆け抜けるという蜷川さんの生き方にふさわしく、
なにもかもが私の内部で風化したりしないうちに書き留めておこうと思った。
それについて悔いはない。ないのだけれども、二十年前、文學界の編集長として最後の原稿をもらった平山の、江藤に対するどうしても許せない思いが伝わってくる。なぜ、あなたは死んだのか。しかも自決したのか。
その凄まじい執念に貫かれた調査と文章の密度は、類書の群を抜いている。
また、誤解を恐れずに云えば、弔うというよりは、死んだ魂を揺り起こすほどの力に満ち満ちている。
私はいつか、蜷川について、こんな本を書けるのだろうか。
いや、演出家について、そんな本は書けるものなのだろうか。

昨日、アンヌ=テレサ・ケースマイケル振付の『至上の愛』を東京芸術劇場のプレイハウスで観た。
いわずとしれたジャズ、テナーサックスの巨人コルトレーンの音楽で踊っている。
渡されたパンフレットには、ケースマイケルの言葉が記されていた。

「おそらく、振付家ないしダンサーである私たちは、作曲家のように確たる作品の痕跡を後世に残すことがありません。しかしながら、音楽史上における重要な作品に対して振付やダンスで応答することは、芸術的な挑戦であると考えています。このようなかたちで、私たちは何かを具現化するコンテンポラリーダンスの力に身を捧げることができるのではないでしょうか。私たちは今、新世代の才能あふれる若きダンサーたちとこうした挑戦ができることを嬉しく思っています」この作品で、アンヌはサルヴァ・サンテスと共同振付をしている。

応答と痕跡。挑戦と敗北。そして若い世代へ。
平山周吉の『江藤淳は甦える』には、複雑な声が聞こえている。その多重的な和声の混乱が、読む人を惑わせ、そして感動へと導いている。

【劇評139】二十年振りの『勧進帳』。三之助の今を観る

歌舞伎劇評 令和元年五月 歌舞伎座昼の部 夜の部3

令和となってはじめての歌舞伎座大歌舞伎。明治の偉大なふたりを記念する團菊祭だが、團十郎を欠いて久しい。ただし、明くる年には、海老蔵の團十郎襲名という大事業が控えている。すべてが喜ばしく、春の風もさわやかに感じられる。
昼の部の朝幕は『寿曽我対面』。松緑が工藤。梅枝、萬太郎が十郎、五郎。大磯の虎が(尾上)右近。化粧坂の少将が米吉。朝比奈には歌昇。(坂東)亀蔵の新左衛門、松江の小藤太。新しい世代の胎動を意識した配役で、平成から令和へ、歌舞伎も大きく舵を切ったと実感する。松緑は藝の積み重ねと経験によって工藤の大きさ、もうすこし踏み込んで云えば鷹揚さが見えてきた。右近の大磯の虎はまだまだ若いと思いきや、落ち着きと余裕があって役の性根をつかまえている。出色は歌昇で、この人は同世代のなかでも一頭地抜けて藝の幅も広いとわかる。十郎、五郎の面会を工藤に取り次ぐだけの器量をそなえている。この配役に不足があるわけもないが、新しい世代を配した他の『寿曽我対面』もまた、歌舞伎の水準を維持していくためには、早めに出すことが必要と思えた。
海老蔵の弁慶による『勧進帳』。富樫は松緑、義経は菊之助。平成十一年一月浅草公会堂でどぎもを抜かれた舞台と同じ配役である。あれから二十年。だれもが変わり、だれもが大きくなり、だれもが大人になった。
なかでも暴力的なまでの圧力で舞台を支配した海老蔵が進境を示している。團十郎としての責務がすでに感じられているのだろう。海老蔵襲名の折、父團十郎の急病のために、三津五郎が弁慶を替わった。富樫は海老蔵。あの「緊迫感を来年の襲名で弁慶を勤めるときには期待される。弁慶、富樫、義経は、乱反射する鏡のようでもある。
松緑の富樫には実がある。菊之助の義経は、この役はいじったりせず、品位を押し通せばよいのだとよくわかる。
そして菊五郎の『め組の喧嘩』。ドラマとしての内実がないわけではないが、やはりこの舞台は鳶と力士の粋、意地をありのままに見せる風俗劇の愉しさにある。菊五郎は劇団のDNAを伝える柱にいるが、菊之助ばかりではなく、松也の世代までが、このDNAの伝承を重いものと考えているのがよくわかる。
左團次の四ツ車、時蔵のお仲が熟練の味。又五郎が九龍山で、歌六が喜三郎を勤めて、吉右衛門を欠くが、菊吉合同公演の一幕とも見える。又五郎、歌六の厚みが、力士の弟分と留男の重要さを実感させた。

夜の部の『鶴寿千歳』(岡鬼太郎作・演出)は令和の御代を慶祝する一幕。時蔵、松緑が芯となる。梅枝がその落ち着きで、大曲を手がけてきた経験を生かす。歌昇、萬太郎、左近。
夜の部の切りは『御所五郎蔵』。松也が若くて、愚かで、けれど憎めない五郎蔵を勤める。役者っぷりで見せる役だから理屈はいらない。「おれはいい男だ」この一言に尽きるが、松也はもっと自分を信じていいと思った。もう一度、そう遠くなく手がけてもらいたい。
五郎蔵を支えるのは、土右衛門の彦三郎。声の張りは申し分ないが、二幕目からは敵役ばかりとはいえないこの役の怪しさ(仁木弾正に通じる)がほしい。梅枝は皐月。これもまた不本意ながら去り状を書くむずかしい役回りだが、沈潜する心の内をよく見せている。(尾上)右近の逢州は儲け役だが、右近の実力がよくわかる。人の良いこの人の優しさがあって、殿の寵愛を受け、周囲にも憎まれず、生きているとわかる。それだけに五郎蔵の誤認による死があわれにみえる。二十七日まで。

【劇評138】七代目丑之助襲名。音羽屋、播磨屋。藝統のまじわり。

歌舞伎劇評 令和元年五月 歌舞伎座夜の部2

團菊祭五月大歌舞伎。夜の部の『絵本牛若丸』(村上元三脚本 今井豊茂補綴)は、この月、七代目丑之助を襲名した寺嶋和史がおっとりとした御曹司ぶりで将来を期待させた。
なんといっても、幕外に彦三郎、(坂東)亀蔵、松也、(尾上)右近、権十郎、秀調の渡りゼリフからはじまり、幕が開くと、舞台中央の大ゼリから迫り上がる場面が圧巻。下手に菊五郎、上手に吉右衛門に挟まれて、中央に丑之助いどころを定めるが、現代歌舞伎の頂点にあるふたりの藝容の大きさが、ひとりの少年を引き立てるためにあるという不思議。いや孫を思う祖父のありように心打たれる。そう、こうしたふんだんに注がれる愛情なくしては、等身大の人間ならぬ、異様な宿命を生きる歌舞伎の役柄と一体化する役者が生まれないのかも知れぬ。

それにしても、これまで直接、交わらなかった二つの藝統がこの少年をきっかけに大きく変容したことを重く見る。
菊五郎が鬼次郎、時蔵がお京、吉右衛門が鬼一法眼、雀右衛門が鳴瀬となる趣向もおもしろく、また松緑、海老蔵が山法師となって暴れるのも気が利いている。菊之助がこの後の幕で白拍子花子を踊るにもかかわらず、あえて荒々しい弁慶を勤めるのも、藝統の交わりといってもいいだろうと思う。
御曹司はあまたいるけれどもこれほどの初舞台を得る役者はめったにいるものではない。丑之助は過度に緊張することなく、この場を柳に風と愉しんでいる。ときに(こういってよければ)飽いている。このあたりの春にふわさしい風を受けて、襲名の狂言は終わる。若き丑之助は母方の祖父吉右衛門から、兵法書の虎の巻を渡され、この巻物をかざして花道を引っ込む。途中で父菊之助に「馬になれ」と命じて、肩車をしてもらうが、巻物はしっかりと握って振りかざす。こうした勘所は絶対にはずすまいと周囲はさぞ苦労しただろう。また、丑之助もその教えを守ろうと懸命に勤めていた。二十七日まで。

【劇評138】菊之助、歌舞伎座で『京鹿子娘道成寺』を披く。

歌舞伎劇評 令和元年五月 歌舞伎座夜の部1

未来を信じるといえばたやすい。が、これほど困難な時代を生きていれば、あらゆる芸術ジャンルが果たして伝統と革新を継続的になしうるのかが疑われるのは致し方ないだろうと思う。
今月の歌舞伎座、團菊祭五月大歌舞伎の眼目は、尾上菊之助による『京鹿子娘道成寺』に尽きるだろう。菊之助自身がひとりで『道成寺』を踊ったのは、平成十一年の一月、浅草公会堂である。坂東玉三郎の薫陶を受けて『京鹿子二人娘道成寺』を踊り、回を重ねるうちに重要な件りを任されるようになっていた。菊之助にとって久しぶりの『京鹿子娘道成寺』となったのは、平成二十六年三月の京都南座。今回、歌舞伎座の出し物となった。
歌舞伎座にとって『京鹿子娘道成寺』は、特別な意味を持つ。戦後、ひとりで踊ったのは、年代順に数えると、六代目歌右衛門、七代目梅幸、二代目時蔵、二代目橋蔵、十七代目勘三郎、五代目富十郎、七代目菊五郎、七代目芝翫、五代目玉三郎、五代目時蔵、四代目雀右衛門、九代目福助、十八代目勘三郎、十代目三津五郎に限られる。わずか十四名。独自の公演で出した橋蔵を除けば、十三名となる。しかも父七代目菊五郎でさえ、大名跡襲名の折りに踊ったのであり、この演目が興業会社の松竹にとっても、歌舞伎界にとっても、重要なメルクマールとなっているのがわかる。おおげさな言い方ではなく、気力体力に充分な自信がなければ、松竹や先輩方が許しても、出し物として出せるはずもない。もはや、ひとりでは踊りきれぬと思えば、若手を起用して『二人道成寺』や『男女道成寺』とする他はない。
さて、菊之助の道成寺はどうだったか。
平成二十六年三月の京都南座でも、すでに技術的な不安はなかった。当然のことながら振りは身体化されており、ぎくしゃくする箇所はない。長唄にのって花の季節を美しい娘として踊るそれに尽きて満足な舞台であった。菊之助自身は、みずからの玲瓏な美貌に頼らず、巧まざる色気を醸し出したいと願っているように見えた。
今回はさらに、その境地が進んでいる。この巧まざる色気さえもさして意識されない。「道行」の持つ、長い道のりをひとり行く女の感覚。「金冠」での格調をお能へのコンプレックスではなく、歌舞伎の品位として見せていく姿勢。「云わず語らぬ」では町娘に一転するが、袖使いのあでやかさを強く打ち出す。「鞠唄」でも、幻の鞠を浮かび上がらせることに腐心せず、ただ、鞠とたわむれる女を廓尽くしの詞章とともに、自然に踊っていく。流れる川のごとしであった。
これまでの舞台のなかで、今回目を見張ったのは「花笠踊り」の件りである。短い時間に三段の振り出し笠の扱いを見せるが、これもひたすら正確にと心がけているように見えた前回を軽々と越えている。笠と傘は、空間を切りとって、異界が現れる意味を持つが、ここで菊之助は華やかな風俗にこめられた民族の記憶を甦らせている。藝の力が一段とあがったから、華やかな件りの背景にある精霊のうごきまでもが見えてくる。
さらに、〽恋の手習」のくどきである。手拭の扱いもまた、意味の伝達はあくまで長唄にまかせて、女がひとりじぶんのこころのうちをのぞきこむときの密やかな時が浮かび上がってきた。〽ふっつり悋気」で長唄は、女の悋気を語るが、憎悪でもなければ、未練でもなく、あくまで他愛のない悋気に見える。また「のしほ」はこの人ならではのもので、可憐さを出すためにごく内輪に踊っている。
〽恨み恨みてかこち泣き」では、一転して、伝説上の清姫の執念をみせる。ここでもきっちり鐘に対する執着をただならぬものとしているので、鈴太鼓から鐘入りまでの烈しい動きとつながっている。
ほぼ完成に近づいた菊之助の課題は、鞨鼓の踊りに尽きるだろう。私が観た初日は「山づくし」の前半に迷いがあった。正しく間をはずさない想念から離れて、みずから躍動する舞踊を作りだし、導いていく覚悟が必要だろう。後半、バチ先がきれいな弧を描いてふっきれたように思う。
〽ただ頼め」の手踊りは菊之助が得意とするところで、鞨鼓からさらに進展して、からだそのものが拍子となって、舞台全体を支配していく。多くの日本舞踊の流派には、この件りはないから、歌舞伎舞踊の役者として、自分なりの解釈を打ち出す場と観るべきなのだろうと思う。菊之助は、「云わず語らぬ」と同様ではあるが、やや年かさで、まだ若さの俠(キャン)を貫く江戸娘の意気地がほの見えて楽しい。「祈り北山」で面差しを深くするとさらに祈りの要素が深くなるだろうと思う。
鐘入りから蛇体となって鐘にあがってきまるまでは、すっとして凛々しい。清姫の僧安珍に対する執念はあくまで下地であって、主題ではない。なんとも江戸の粋を貫いた『京鹿子娘道成寺』であり、音羽屋の藝の継承者としての姿勢を鮮明にした舞台であった。

2019年4月5日金曜日

【劇評137】仁左衛門の充実。盛綱に続き実盛。

歌舞伎劇評 平成三一年四月 歌舞伎座

四月大歌舞伎夜の部。三月の『盛綱陣屋』に続いて仁左衛門が『実盛物語』と肚にこたえる演目を出す。一世一代とはうたわないまでも、これ限りとの強い思いと気迫が伝わってくる舞台が続く。実盛は熊谷と比べると、太郎吉を馬に乗せる件りなど、どこか明るさがあり仁左衛門ならではの空気感を味到できた。
歌六の瀬尾が、出色の出来。まさしく円熟期に差しかかった役者の自在さがある。出産前の御台所に「腹を割け」というのだから、瀬尾役のなかでもとりわけ憎々しいが、やがて孫に功を立てさせるために死んでいく。この理不尽なモドリを理屈ではなく運んでいくのが歌舞伎役者の芸というものなのだろう。
孝太郎の小万に、あくまで幽界にいる人間の怖さがある。子役のなかでは難役といわれる太郎吉を寺嶋眞秀がさらりと勤めている。
続いて猿之助の『黒塚』。亀治郎から改名した平成二四年七月の新橋演舞場から回を重ねているが、演出を練り上げ、家の芸を当代猿之助ならではの芝居としている。前段の荘重な運びから、月光のもとの軽やかで浮き立つこころのある踊り。そして閨の内が明かされてからの魔性まで。観客をあきさせず、あゝ、楽しかったとお土産を持たせるのは、沢潟屋の家風だろう。太郎吾に猿弥。身体の切れ味を見せ、猿之助と拮抗する気概がある。
祈りがこれほど似合う役者はいない。錦之助の阿闇梨。種之助、鷹之資の山伏も、端正かつ楷書の出来であった。
続いて『二人夕霧』。鴈治郎の伊左衛門、孝太郎の後の夕霧、魁春の先の夕霧。傾城買うの指南を、遊び尽くした若旦那が生業とする趣向。後の夕霧は、傾城とのままの衣裳で飯炊きをするおもしろさ。指南の弟子を、彌十郎を先頭に若い萬太郎、千之助が盛り上げるのもご趣向だろう。
幕切れは、伊左衛門、ふたりの夕霧に東蔵のおさきが加わって、四人の手踊りとなる。東蔵は、鍛え上げた踊りの地芸で、なんということもない振りでも一頭地を抜く。だんまりも同様だが、巧さではなく、味を観るのが歌舞伎の醍醐味ともいえるだろう。いかにも生真面目な三つ物やの團蔵もおかしい。二十六日まで。

【劇評136】平成歌舞伎の残映。菊五郎、吉右衛門の『鈴ヶ森』

歌舞伎劇評 平成三一年四月 歌舞伎座

平成の掉尾と銘打たれた四月大歌舞伎。藤十郎、菊五郎、吉右衛門、仁左衛門ら当代を代表する大立者が揃った。
平成から令和へ。格別の感慨があるわけではないが、三〇年余りを過ごしたピリオドではある。
私自身が、ようやく大人の目で見た時期と重なる。多くの観客にとっても同様だろうから、今月の舞台を観るにつけても、過去の舞台が急にまざまざと甦ってくるに違いない。
朝の序幕は『平成代名残絵巻』(へいせいみよなごりのえまき)と題した狂言。今井豊茂作、藤間勘十郎演出・振付である。驕れる平家の全盛を前提とした舞台だが、安倍晋三首相の長期政権がこの国を蹂躙している現実に対して、歌舞伎ならではの諷刺を試みていると考えれば、なかなか侮れない。復帰を果たした福助の常盤御前を中心に、歌舞伎のおなじみの登場人物を巧みにつないでいる。『熊谷陣屋』の弥陀六の若き日と設定した平宗清を彌十郎が勤める。落ち着きがあり、やがて弥陀六となるべき人物と思うと興味深い。役の格に加えて洒脱なのが、彌十郎の持ち味だろう。
さらに巳之助の平知盛も、「大物浦」へとつながると思えば、これもまた知盛の今を読み込みたくなる。あるいは巳之助がいずれ『船弁慶』の知盛を踊るための布石と考えてもよい。巳之助には、本格をめざす志があると見た。
児太郎の遮那王は若衆ぶりが際立つ。平成歌舞伎を見続けてきた観客への贈与ともなっている。
次は『新版歌祭文』。おなじみの「野崎村」の前に、約四〇年振りに「座摩社」が出た。油屋の丁稚久松(錦之助)が、手合いの小助(又五郎)のこざかしい計略にかかって、その実家、野崎村の久作のもとに返された理由が示される。ただし、理由がわかったからといって、格別の感慨があるわけもない。久松は気の毒ではあるが、観客の同情を買いにくい人物なのだとよくわかった。
結果として「座摩社」は、又五郎の円熟した技芸を愉しむ幕となった。伏線を敷くのではなく、滑稽味を愉しむ一幕で、なくてはならぬものではないから、四〇年振りになるのだろう。
門之助の佐四郎は若旦那のこなしが身についている。同じく敵役の山伏妙斎を松之助が怪演。
続いて時蔵のお光、雀右衛門のお染、錦之助の久松、歌六の久作が、現有の歌舞伎役者のなかでは、よりすぐりの陣容で、時代の移り変わりを思う。直感的には、時蔵と雀右衛門の役は逆でもよいのではと思うが、実際、芝居を見終えると、これでよかったと説得される。時蔵は、初々しい冒頭から、お染が現れると一転して悋気に転じる。久作をはさんでの、お光、お染、久松のちぐはぐなやりとりがおかしく、こうした件りは、相応の年齢と地芸があって、はじめておもしろく観ることができる。
比較するわけではないが、平成一七年二月歌舞伎座、先代芝翫のお光、富十郎の久作、藤十郎(当時・鴈治郎)の久松、先代雀右衛門のお染と揃った舞台は、まさしく昭和歌舞伎の残照というべきであった。この配役のなかで存命なのは、米寿を迎えた藤十郎だけだという事実に胸を突かれた。
雀右衛門は先代写しで結構な出来。なかでも「いやじゃ、いやじゃ」と大家のお嬢さんのわがままさを嫌味なく出すあたりがこの人の芸風だろう。なるほどこの芝居は、丸本物なのだと思い知らされる。
歌六の久作は、昔語りとなって、しみじみとした滋味があって、若い二人はこの切々たる訴えにそむくことはできない。囁き声も巧みで、声を張っても嫌味がない。
愛大夫も渾身の語りでこの場を引き締める。
時蔵のお光は「嬉しかったのはたった半年」からの述懐に生彩がある。
秀太郎のお常はさすがに年功で、戸口からの声をかけるきっかけが絶妙。上方の御寮さんの気位の高さがある。
幕切れも切ない。「おさらば」の言葉が互いに交わされるが、お光は、もう二度と久作には会えないと知っている。二度とは会えぬ。いや、相まみえない人々の別離、人生の残酷がある。
時蔵のお光の右の手から数珠が落ちる。ホウホケキョと鳥が鳴く、久作は数珠を拾ってお光に持たせてやり、手を重ねてしばし話さない。目と目があう。「ととさん」と言いかけて、お光は膝を折る。練り上げられた型の偉大さを思う。
次の幕は舞踊で、藤十郎の米寿を言祝ぐ『寿栄藤末廣』。藤十郎の一家、一門が揃うが、鴈治郎の鶴と対になって、猿之助が亀となる趣向。年齢を思うと藤十郎は達者なもので、昭和歌舞伎を知り尽くした人ならではの独特がある。
昼の部は、菊五郎の白井権八、吉右衛門の幡随院長兵衛による『御存 鈴ヶ森』。菊五郎に瑞々しい若衆ぶり、吉右衛門の貫目。もう、二度とは見られない顔合わせの演目で、時間の都合がつくならば、一幕見でも観ておくことを強くおすすめしたい。こうした規範となるべき技芸は、継承は言葉でいうほど容易ではなく、いずれゆっくりと崩れ去っていくのだろうと思わせる。
「斬っておしまいなさい」と長兵衛、権八の身体がすっと動く。この息と息を覚えておきたい。二十六日まで。

2019年3月10日日曜日

【閑話休題80】ローザスのパリオペラ座公演を観て

ローザスを観るためにヨーロッパへ。二十数年前にブリュッセルを訪ねたときは、三本同時上演の予定で、新作はハイナー・ミュラーの「カルテット」が、原作、音楽はアンサンブルICTOUSと発表されていたけれど、キャンセルになったのを思い出した。

日本での公演機会も多かったから、アンヌ・テレサ・ドゥ・ケースマイケルの作品をずっと観てきたし、勤務先で学生に紹介する機会も多かった。今回のパリ・オペラ座訪問は、自分のためでもあるけれど、長い間お世話になったアーティストへの強い郷愁というか、執着があるのを改めて感じた。

「RAIN」は、オペラ座のダンサーに対する振付で、今回は自分のカンパニーの公演である。『オペラ座の怪人』という世界的なヒット作があるが、歴史があり、世界の頂点に立ってきた劇場には、何か魔のようなものが住んでいる。それは、この舞台に立つことを矜恃としてきたダンサーの思いなのだろうと思う。その是非はともかく、世界の頂点に立つという意志が、歴史の層となって、堆積している。この空間で、コンテンポラリーのカンパニーが公演するのはどれほと怖いことなのだろうと思う。

思えば、歌舞伎座にも同じようなことがいえるのかもしれない。ずいぶん前に、花組芝居が『歌舞伎座の怪人』という作品を発表したけれども、単なるパロディではなく、この劇場に対する怖れがやはり込められていた。

今や巨匠となったケースマイケルにとって、どんな意味を持つのか。ミニマルな現代音楽と密接な振付を行ってきたケースマイケルにとって、バッハのブランデンブルグ協奏曲という選曲はなぜ行われたのか。古楽の生演奏を選んだのはなぜか。オペラ座を裸舞台で使ったのはどんな意図か。男性舞踊手は、どんな位置を占めるのか。さまざまな疑問が浮かんでは消えた。



https://www.rosas.be/fr/324-rosas

2019年3月7日木曜日

【劇評135】分水嶺を踏んで、所作事の第一人者へと進む菊之助。

歌舞伎劇評 平成三十一年三月 国立劇場小劇場

分水嶺という言葉がある。

雨水を異なった水系に分かつ山の峰々をさす。
歌舞伎役者にとっては、若女方からそのキャリアを始めたとしても、そのまま真女方へ進むか、あそれとも立役を手がけていくかが大きな分かれ道となる。
その峰として国立劇場の小劇場が果たす役割は大きい。昭和六十三年四月、当時の勘九郎(のちの十八代目勘三郎)は、父十七代目の当り役だった新三をこの劇場で出した。三十二歳。この公演の半ばで父勘三郎はこの世を去った。父の相手役として若女方を中心に修業してきた勘九郞は、新しい世界を自分で切りひらいていくきっかけとなった舞台である。

今月の小劇場は、扇雀の「綱豊卿」と菊之助の「関の扉」。いずれも、女方の役が多く、近年、立役を勤める機会が増えてはいるが、扇雀にとっては青果のような徹底した台詞劇の立役、菊之助にとっては古怪な舞踊劇の大曲を立役で勤めるのは、大きな転機となる。舞台の出来によっては、痛烈な非難があるのを覚悟の挑戦であった。

まず『元禄忠臣蔵』の「綱豊卿」から。扇雀は、勘三郎の生前、福助とともに相手役を勤めてきた。福助が真女方を貫くのは当然としても、扇雀は知が勝った仁で、柄も小さくはない。勘三郎という大きな存在が失われたとき、立役の可能性を探っていくのは当然の道筋である。なかでも、「綱豊卿」は、当代仁左衛門や梅玉がよく、独自の解釈を打ち出さなければならぬ。

扇雀は、徳川御三家の格よりは、綱豊卿の隠されてはいるが、真摯な情熱を、歌昇の富森助右衛門の直情と対決させていく道を選んだ。名家の大名だからまたものの助右衛門を呑んでかかるのではない。男と男、武士と武士の対決として成立させる演出はないか。型に陥るのをできるだけ回避し、刻々と変化していく心情を丁寧に描き出そうとしていた。
「御座の間」が緊迫していたのはいうまでもないが、ここでの写実が、「能舞台の背面」でも引き継がれて、所作ダテをあえて避けている。その踏みとどまり方に感心した。富森助右衛門は複雑な陰影の性格を含んでおり、単に若さだけで押し切れるものではない。綱豊卿は、癇性をいかに押さえて助右衛門と対しているかが課題となる。ぞれぞれが克服していくべき課題を明確にしたことで、「綱豊卿」は、ふたりにとっても大きな転機となった。感慨深い舞台である。
又五郎の新井勘解由が、舞台を圧する大きさで、綱豊卿と助右衛門の個性を引き出す。虎之介のお喜世は可憐なだけではなく、兄助右衛門の無礼を咎めるとき必死さが出た。儲け役の絵島は鴈乃助で手堅い。

さて、菊之助の『積恋雪関扉』。
いわずと知れた常磐津の大曲であり、関兵衛実は大伴黒主は、古怪な風格と時代物の大役に匹敵する大きさが求められる。役者本来の資質が問われる役とされる。これまで菊之助は、『積恋雪関扉』で、小町姫と墨染を勤めてきたが、こちらが本役であり、関兵衛実は大伴黒主は、仁にも柄にもないと思われた。これまで菊之助は「大物浦」の知盛や「鳥居前」の忠信のような役を勤めてきたが、さらに踏み込んだ挑戦と思えた。

結論からいうと、これが地に足のついた出来映えであった。まず、出がいい。こうした大役なので、自分を大きく見せようとするそぶりが垣間見えるのが難だが、これも日が経つうちによくなるだろう。なにより出のときの顔が、貫目のある座頭役を勤めるときの菊五郎とそっくりになっていた。五代目、六代目菊五郎が出したから、『積恋雪関扉』を勤める正統性があるのではない。この出の一瞬で、菊之助がすでに座頭の風格を備えたこと。座頭でなければ勤められない役を射程に収めたのだと語っていた。

前半の滑稽味も作り物ではなく、そなわった愛嬌がある。これはおそらく資質ではなく、徹底した技術の習得と展開によるものだ。あまり表だって語られてはいないが、吉右衛門の指導が細かく行われたのではないかと想像する。

萬太郎の宗貞は、品格の高さがある。ただ、さらに謎めいた空気をまとうようでありたい。だれが勤めても難役だけにさらに回数が必要だろう。

梅枝の小町は、真女方としての進境を感じさせる。宗貞との馴れ初めを語るクドキに生彩があり、銀の糸が張り詰めたような風情があり、しかもしたたるような色気が加わってきた。

菊之助の関兵衛は、勘合の印と割り符が懐中から落ちた件が見どころ。このあたりを当て込まず、さらりと芝居にしていくところに、音羽屋の御曹司の片鱗がある。
さらに「二子乗舟」の文字が血潮で書かれた片袖が、鷹に運ばれてから、おおらかな空気が転調する。
梅枝が肚のある芝居で舞台を運ぶ。
さらに、大盃に星影が移ってからの運びがよい。関兵衛が単なる関守から、巨魁へと移っていく過程を、理屈ではなく、身体の大きさ、器量の確かさで見せる。

この幕が開いてから、ずっと桜の大木が舞台中央にある。その洞から、傾城墨染となった梅枝が現れる。身体を傾け、早足で舞台を回り、傾城の位の大きさと華やかさを見せる。関兵衛が慣れぬ廓話に酔っていく様子がいい。さらにお互いの正体を見咎めるうちに、常磐津地に乗って、所作ダテとなる。かどかどの見得、所作ダテの切れ味、躍動感は出色の出来で、大伴黒主が古怪とともに神秘の力に満ちあふれた存在であると物語っていた。

近年の当代菊五郎は、ほとんど女方を手がけなくなっている。菊之助がどこへ行くのかは、まだ決まってはいないが、「助六」の揚巻、「先代萩」の政岡、「摂州合邦辻」の玉手御前は手放さないだろう。加えて、菊五郎劇団の世話物の立役、さらに実盛物語のような白塗りの二枚目の枠にとどまらない可能性が濃くなってきた。まずは踊りの地芸をとっかかりに「六歌仙」の通しだろうか。「大伴黒主」がこの出来であれば、それほど先の話ではない。

分水嶺を踏み、さらに新たな境地をめざす役者の姿勢に打たれた。

2019年2月23日土曜日

【書棚11】よくわかる中国料理の基礎と基礎

柴田書店の刊行物だけあって、プロもしくはプロ志願者がターゲットの本。
中華の技法を一から教えてくれる貴重な一冊。
著者は、辻料理専門学校中華部門の吉岡勝美です。
教えることを仕事としてきた人間の配慮に満ちています。

とはいえ、私のような中華の素人には、なかなか難解でもありました。

【書棚10】神曲という頂点

日本語とは、どのような成り立ちで、どのような表現が可能なのか。
訳業には、そのような考えを進めさせる力がある。
日本翻訳史のなかでも孤高の頂点に立つ三冊。
ダンテ作、寿岳文章訳『神曲』(集英社、一九七六年)。
ブレイクの挿画もイマジネイティブで、
元の大型本を図書館で観て、
もし、気に入ったら古書店で探すのがおすすめです。

2019年2月20日水曜日

【劇評134】松緑の真骨頂。ひたむきな縮屋新助。

歌舞伎劇評 平成三十一年二月 歌舞伎座夜の部

二代目辰之助の追善のために、菊五郎、吉右衛門、仁左衛門、玉三郎ら大立者が揃った。特に夜の部は、見どころの多い狂言が並んで、久しぶりに充実した歌舞伎を観た。
はじめに吉右衛門の『熊谷陣屋』。前回、熊谷直実を演じたのは、平成二十五年の四月、歌舞伎座の杮茸落だったから、もう六年が過ぎたかと思うと、歳月の過ぎるのは早い。この舞台も、当代一の時代物役者の絶頂というべき出来で感嘆した。ところが、今月の熊谷は、さらに進んだ藝境にあり、眼を見張った。 まずは、周囲に人が揃っている。雀右衛門の藤の方、菊之助の義経、吉之丞の梶原、又五郎の軍次、歌六の弥陀六、魁春の相模。それぞれに生彩があって、役者の技倆の充実を考えた。特に、歌六の弥陀六がいい。功成り名を遂げた脇役が演じてきたが、歌六の弥陀六は老いの弱さはない。菊之助が演じる義経の品位に一歩も引かぬ気迫がこもっている。雀右衛門の藤の方には、子を失った母の切迫感がある。魁春は、熊谷の怒りを予期して身をすくませる様子がすぐれている。
さて、吉右衛門の直実だが、敦盛の最期を語る軍物語に誇張がなく淡々としている。葵太夫の浄瑠璃もあって、戦に生きなければならぬ武士の哀しさ、切なさがこの件で伝わってくるからこそ、のちの制札の見得、鎧の下に来た墨染めの衣が「芝居の段取り」ではなく、直実が直面する運命が見えてくる。
人は自らに課せられた命運から逃れることは出来ない。終幕、花道での絶唱「十六年は一昔、夢だ」も自らに言い聞かせる言葉として響く。観客をあてこむのではなく、自らの将来、ずっと唱え続ける念仏でもあるかのようだ。この融通無碍で自在な境地に吉右衛門はいる。
梅玉の工藤を上置きに、左近の五郎、米吉の大磯の虎、梅丸の化粧坂の少将、錦之助の十郎、又五郎の朝比奈と、若手から熟練まで世代を超えた曽我物が出た。『當年祝春駒』。又五郎は、この役独特の朝比奈隈がよく似合う。これも地藝があるからこそで、五郎、十郎を制するだけの力感があった。
夜の部の追善狂言は、池田大伍作、池田弥三郎演出の『名月八幡祭』。当代の松緑は、こうした新作歌舞伎のなかでも、ひたむきで直線的な性格の役を演じて定評がある。今回の縮屋新助は、二年前より更に深みがある。江戸の浮き立つ気分にひたり、好きな女が出来、故郷の越後に帰るのをのばしてしまったが故の悲劇を、まっすぐな調子で演じている。
玉三郎の美代吉、仁左衛門の三次は、悪気はないが、かといって倫理感などもっとない市井の男女を描いて、まさしく名調子。こうした気の合った世話を観るのは、歌舞伎の至福と呼んでいいだろう。
美代吉母、歌女之丞のすがれた様子、歌六の魚惣の貫禄。特に歌六は、この悲劇を導いてしまった本人だけに、内省の深さが終幕にあった。二十六日まで。

2019年2月12日火曜日

【劇評133】初世辰之助追善

歌舞伎劇評 平成三十一年二月 歌舞伎座昼の部

二月の歌舞伎座は、初世尾上辰之助三十三回忌追善狂言が並ぶ。三世尾上松緑ではないのは、この名跡が追贈だからか。理屈はともかく私より上の世代にとっては、辰之助の追善といってくれたほうが実感が湧くし、気持ちも入る。
まずは、松緑の権太。『義経千本桜』のすし屋だが、この場だけが単独で出る場合、嫌われ者の権太が、いかに女房子供を大切にしているかがわからないために、維盛の妻内侍(新悟)と嫡男六代君の身代わりに、自らの妻子を頼朝方に差し出す不条理がどうしても伝わりにくい。松緑の権太は、母親小せん(緑)に対する甘えや騙りをおもしろく見せる。梅枝のお里は万事控えめな芝居で、この役を上品に作っている。弥助実は維盛(菊之助)を諦めてからの情愛に見どころがある。
いがみの権太と妻子が主筋ならば、維盛とその奥方、息子との再会、そして流転の運命が脇筋になるが、今ひとつ流浪の貴公子の絶望が伝わってこない。この主筋と脇筋は、お互い響き合ってこそ、立場を越えた妻子との情愛の不変性が見えてくるのだろう。
陣羽織の褒美を与えられた松緑は、花道へ去る内侍と六代君を見送るときの目つきが鋭い。「お頼みもうします」を受けての泣きがよい。
團蔵の弥左衛門が実直。芝翫の梶原平三は、肚のある人物として舞台を支えている。段取りではなく、維盛の妻子を捕らえる覚悟が見える。
続いて菊五郎の『暗闇の丑松』。長谷川伸の新作歌舞伎だが、善人だが世の中を上手く泳ぎわたれない丑松(菊五郎)とお米(時蔵)の命運が、救いようもない筋立てで語られる。序幕の鳥越二階の場が陰惨だ。実の母(橘三郎)にいたぶられるお米。味方をしつつも、DVに手を貸す浪人(團蔵)だれもが、この世の世知辛さのなかで、生きる望みを失っているとよくわかる。
二幕、板橋の切ろうに移ってから、丑松と牛夫の亀蔵とのやりとりに世話の愉しさがあり、また、喧嘩っ早い職人松也が登場してからは、いささか場が賑やかになる。この明るさを一転してお米の自死へと展開させるところが長谷川伸の真骨頂。思いのままにならぬ夫婦の悲しみを、菊五郎、時蔵、円熟の藝で見せる。
ふたりを翻弄し、騙していた料理人元締四郎兵衛(左團次)とその女房お今(東蔵)。この饐えたような雰囲気は、この年代にならないと出せない。世間的にいえば悪でも、こうしなければ生きてこられなかった世の厳しさが浮かび上がる。つまりは、この『暗闇の丑松』の世界には、善人や悪人はおらず、ただ非情な世間があるばかりなのであった。
夜の部は、『団子売』。芝翫、孝太郎の息のあった夫婦振りを見せる。二十六日まで。

2019年2月2日土曜日

【書棚9】歌舞伎座百年史

一覧性のある紙の百年史。こうした書物は、さまざまな企業や大学に編さん室があり、
その本の成就のために生涯を捧げる人がいた。
けれど、このような美しい習慣はもはや失われ、デジタルな記録だけが残る。

【劇評132】藤原竜也の魔術

現代演劇劇評 平成三十一年一月 東京芸術劇場

喜劇でもなく、悲劇でもなく。まして、悲喜劇でもなく。

昨日は芸劇のプレイハウスで藤原竜也の『プラトーノフ』(アントン・チェーホフ作 デヴィッド・ヘア脚色 目黒条翻訳 森新太郎演出)を観た。

はじめに目を奪われるのは、曲線が際立った傾斜舞台と宙に吊られた円形のオブジェである。

二村周作による構成舞台は、これからはじまる劇が、ロシアの大地に根ざす物語ではなく、無国籍で普遍的な物語であると告げているかに見える。けれど、その期待は人物たちが登場すると見事に裏切られる。ゴウダアツコによる衣裳は、装置とは裏腹に、伝統的なロシアをたやすく思い出させる。

そして、芝居がはじまる。
登場人物ysちは、ふざけちらしている。しかも誇張した演技である。
いったいどんなルールでチェーホフを上演しようというのか。
森新太郎の演出意図に疑いを持つ。いぶかしく、さえ思った。

藤原竜也によるプラトーノフが登場し、だれかれ構わず暴言を吐き、人間関係を混乱させる。ありていにいえば、迷惑なやつである。

やがて、どうやらこのチェーホフ未完の断片を、デヴィッド・ヘアはお芝居として仕立て挙げ、さらに森は辛い悲喜劇として演出しようとしているのではないか。
第一幕を見終えた時点では、そんなことを考えながら見ていた。

ありていにいえば、四人の女性たちが、プラトーノフという魅力的な存在を争う筋立てである。高岡早紀のアンナ、比嘉愛未のソフィヤ、前田亜季のサーシャ、そして中別府葵のマリヤが、個性はさまざまであるにもかかわらず、ひとりに男にひかれてしまう。

高岡のプライドと身を投げ出す強さ、比嘉の品位と情熱、前田の信仰と優しさ、中別府の激情と後悔。いずれも、役を自在に操っている。

しかも第二幕からは、プラトーノフは、汚れた下着姿で、紙もぼさぼさ、風呂にはいっていない設定のメイクで全身を汚している。しかも、四人の女性たちの求めるままに、その場しのぎで流されていくダメ男ぶりである。

不潔で、金もなく、優柔不断な男をなぜ、四人の女は追いかけるのか。その疑問に説得力を与えるのが、藤原竜也の不可思議な魅力なのであった。その意味では、デビュー当時から、アンビバレンツな魅力を発散してきたこの役者の現在を語るのに、これほど適切な戯曲はないとさえ思わせた。

先に私は悲喜劇と書いたが、終幕に向かって混乱はさらに深刻になり、あまりの絶望的な状況に笑うしかない。
その意味で、お互いが決して分かり合えない男と女を描いた悲劇としての相貌が浮かびあがってくる。

あるいはこう言いかえてもいい。
女性たちがしっかりとした確信を保とうしているのに対して、男性たちはなんとも情けない様相となるのは、なぜか。

浅利陽介のニコライ、神保悟志のポルフォーリ、石田圭祐のパーヴェル、西岡徳馬の大佐らが、プラトーノフの創り出す強力な磁場に抵抗できず、迷走するさまは、やはり喜劇なのか、いや、まさしく現代の鏡なのかと思わせる。

ジャンルの分類はどうでもいい。
人生に対する警句にあふれたチェーホフの殻が破られている。

人生はうんざりすることばかりだとうんざりし、でもまあ、それでも生きるしかないのだなと嘆息する。
そんな複雑怪奇な劇となった。あなどない舞台である。

目黒条の翻訳は、ロシアの人名の混迷を避けている。また、訳の調子もシンプルで歯切れがよい。目黒の父、ロシア文学の泰斗、小笠原豊樹の訳業を思い出した。

十七日まで。
その後、大阪、梅田芸術劇場の大千穐楽まで各地を巡演。

2019年1月23日水曜日

【書棚8】失われた時を求めて

自宅の書棚には、基本的に演劇書を置く。外の本は研究室に送る。どうしても手放せないものか文庫本だけ置く。との原則(あくまで原則ではあるが)を守ってきたために、演劇書以外の書籍というとさしたる本が見当たらない。

そこへふっと出現したのが、新潮社版のプルースト「失われた時を求めて」。大学生当時とても高額で揃いを買えなかった。大学の先輩の三宅さんが、揃いを所有していたために、一冊づつ借りて読んだ。読み終わったときに、哲学科の大学院にいた三宅さんは、気前よく「あげるよ」といった。驚愕の瞬間だった。
あれから、40年がすぎて、今も、スワン家のほうへがかたわらにある。外の巻は実家に。どうしてもこの一冊は手放せない。
通して読み返すことはないが、気に入った頁をめくったりはする。

【閑話休題79】芸談の行方

藝談を読む読者を、いったいどこに想定したらいいのか。
私には藝談らしき本が何冊かある。
もっとも藝談に近いのは、『坂東三津五郎歌舞伎の愉しみ』、『坂東三津五郎踊りの愉しみ』(いずれも岩波現代文庫)だろう。取材を重ねていた頃、もっとも(十代目)三津五郎さんと気にしたのは、すでに歌舞伎をよく知っている人を前提にはしない。かといって、まったくの入門書にはしない。歌舞伎を見始めて2−3年の観客に、もう少し歌舞伎や踊りを好きになってもらうにはどうしたらいいかを考えて、取材をし、原稿をまとめ、初校、再校とゲラを三津五郎さんとやりとりして出来上がったのを覚えている。
昨年の終わり、演劇評論家の犬丸治さんから『平成の藝談 歌舞伎の真髄にふれる』(岩波新書)をご恵贈いただいて、ようやく読み終わった。博覧強記の犬丸さんにしか書き得ない労作である。二代目又五郎や二代目松緑の芸談から、二代目吉右衛門まで。それぞれの時期に採られた藝談を入口に、犬丸さんの歌舞伎はこうあってもらいたいという強い思いが伝わってくる。
また、歌舞伎座の三階に、亡くなると写真が飾られる大立者ばかりではなく、小山三、歌江の藝談も収録されている。歌舞伎は伝承の芸術であるが、親から子へ藝が伝わるとは限らない。その残酷をもよく伝えている。

この二冊以外は、いわゆる藝談ではなく、役者から話を採りつつ、歌舞伎を生業としたひとりの人間のルポルタージュとして、『菊五郎の色気』や『天才と名人 中村勘三郎と坂東三津五郎』などを書いた。純然たるノンフィクションとはいいがたい本からも、『平成の藝談』は、役者の発言を、引用して下さっているので、私としては面はゆいばかりである。

藝談がこれから先の時代に、どのようなかたちで生き残っていくのかが、本書では問われている。あるいは、役者自身が、アメーバーなどのブログやインスタグラムで自ら発信し始めた時代に、藝談は成り立つのか。その危うい分水嶺に私たちはいる。

【書棚7】日本舞踊曲集成

俗に「赤本」という。舞踊界では必須の玄人向きアイテム。普通の事典と、変わっているのは、長唄、清元、常磐津、義太夫など、地方のジャンルのなかで、曲名がアイウエオ順になっているところ。舞踊家さんはどのように使うのかはわかりませんが、単純にすべての曲がアイウエオ順になっているよりも、便利な局面があります。各項目に詞章、解題、大道具、小道具、衣裳、かつら、所要時間の項目があるので、番組の組み合わせを考えるときに重宝します。

ずいぶん前になりますが、菊之助さんと東日本大震災のためのチャリティ舞踊会を開いたとき、予算の関係で、清元なら清元の曲で三番並べなければならないことがあり、「なるほと、こんなふうに使うのだな」と納得しました。

左に並んでいるのは、日本舞踊辞典(郡司正勝編)。編者の目がゆきとどいたコンパクトな一冊。よっこらしょと大きな事典を開くまでもない場合に使います。

書いていて思ったのですが、このような種類の本は、すでに必要な人は持っているから、紹介する意味はあまりないのかな。

次回からは、ちょっと、演劇、舞踊から離れて選書してみます。

2019年1月22日火曜日

【書棚6】三島由紀夫戯曲全集

三島の戯曲のみの全集。全体の全集は場所を取りますし、演劇関係者には、これで十分役に立ちます。なにより造本と装幀がすばらしい。大日本印刷。大口製本。色気のある小さな全集です。


2019年1月21日月曜日

【書棚5】人形浄瑠璃文楽名演集

これもまたマニアックなDVDブック。私は文楽は専門ではありませんし、批評を書いたこともありません。ですが、歌舞伎の中心的な演目に義太夫狂言(丸本物)があるので、「あれっ、本行ではどうなっていたっけ」と疑問になったときに参照します。また、このDVDにはめったに上演されない段、また、伝説の映像も含まれているので、入手がむずかしくなる前に早めに手配をおすすめします(といっても、いったい何十人に需要があるのかわかりませんが)。あ、『義経千本桜』好き、『菅原伝授手習鑑』命の方々にも推薦します。
将来、こうした映像記録を、国立劇場が公開することもないとはいえないので、絶対に所有すべきとはいえません。現実に浮世絵アーカイヴとかは公開していますしね。

【書棚4】日本演劇史年表

またしても演劇評論家向けの一冊。早稲田の演劇博物館編。古代から現代(平成九年)までの、演劇を中心とした年表です。映画や芸能の項目もあります。毎日新聞社の「20世紀年表」と比べると、評論家以外には、あまり実用性がない特殊な年表ではありますが、これから演劇周辺を講じたりするかたにも必携です(笑)。あれいつの時代だっけ、○○と××はどっちが先行しているのとか、そんな疑問が浮かんだ場合、各項目を大事典で引かずに、ちゃちゃっと解決できます。

2019年1月20日日曜日

【書棚3】私的昭和史

桑原甲子雄の写真を見ると、瞬間を切り取る力ではなく、必然に出会う運命が才能なんだと思う。

【書棚2】演劇百科大事典

演劇評論家の基礎図書。自宅と研究室に二セット所有。発行元の平凡社は、新しい図書館向けには、増し刷りしている模様。たぶん古書店の価格もそれほどではないので、演劇好きにはぜひおすすめしたい。電子辞書にはきっと載っていないはずです。

【書棚1】年表 昭和・平成史 1026-2011

岩波書店のブックレット844。きわめてハンディな内容で、劇評や書き下ろしを書くときにいつもそばにある。ある年代を書くときは、とりあえず参照する。これ一冊ですべてが終わりはしない。年代をひらいて、気になる項目があったら、さらに調べ物をするきっかけとする。ジャンプ台のような一冊です。

【書棚0】書棚の紹介をはじめるにあたって

これまで劇評をこのブログでは綴ってきましたが、演劇ばかりではなく、書籍もまた、私のこれまでの生活とともにありました。もちろん仕事でもあります。どこまで続くかどうか分かりませんが、自分の書棚にある本を紹介していこうかと思います。

読者として想定するのは、演劇や本を偏愛する方々です。できれば、将来ものを書くつもりのある方に、役に立つようなエッセイにしたいと思っています。従いまして、書評ではありませんし、本のよしあしを判断したりはしないように務めます。事典や年表のたぐいも、できるだけご紹介できればと思っています。

こんなことを始める動機は、関係者が集まると、新聞、雑誌を含め、特に単行本が売れない。紙の時代が終わったとこの十年くらい耳にしたからです。もちろん私にも考えはありますが、まあ、嘆いていても仕方ない。紙を手にしたくなるようなブログを書けないか。それが、活字に育てられてきた自分の決算ともなりはしないかと思ったからです。

ただ、もちろん微力ですので、淡々たる短い文章を書き連ねていくだけなのですが。何もしないよりはいいかな。

2019年1月16日水曜日

【劇評131】奮闘する海老蔵。團十郎襲名を控えて

歌舞伎劇評 平成三十一年一月 新橋演舞場

東京・浅草、歌舞伎座、演舞場、国立劇場に加えて、大阪・松竹座でも歌舞伎公演が空いている平成三十一年の一月。五座ともなれば、すべてに役者が行き渡るはずもなく、若手中心の一座や人気役者の奮闘公演の一座もある。新橋演舞場は、市川海老蔵による奮闘で、昼の部は二本、夜の部は口上を入れると三本に出演している。休演日を設けているとはいえ、獅子奮迅の働きで、この役者の自らを頼む覚悟が伝わってきた。
事情があり、昼の部は未見なので、夜の部について書く。
右團次の鳴神上人、児太郎の雲の絶間姫による『鳴神』から始まる。清新なキャストだが、水準を超える出来。右團次は明治座での初役があるから二度目だが、前半の威厳、姫が登場してからの動揺、破戒してからの俗人振り、そして、絶間姫の計略と分かってからの怒り。いずれもめりはりよく演じていて、この役がありがたい上人の転落の物語にとどまらず、超自然的な祈りで雨を封じ込める法力が、いかに大きな犠牲をともなうものかに通じているのがよくわかる。威厳に満ちた上人が、色気に溺れる落差を面白く見せればよいのではない。右團次の鳴神は、無理に大きな振れ幅を作らず、ひとりの人間としての鳴神に一貫性を与えていた。
児太郎の絶間姫は、ういういしく、天皇の勅定に従いなんとか雨を降らせ、民草を救おうとする懸命さが全体にあふれている。その分、亡き夫との思い出を語り、振りをつけて、色気をふりまくくだりに、これからが期待される。若くて美しいのはかけがえのない素質だが、その分だけ、冷ややかでふくよかな色気に乏しくなるのはいたしかたない。初役だけに、そのひたむきさがあれば舞台は保てる。白雲坊は、新蔵、黒雲坊は、新十郎。
続く『俊寛』は、なぜ、今この演目なのかと、発表になった途端、いぶかしく思った舞台。芝居に自信のある役者が俊寛役を勤めたくなるのは、もちろんよくわかる。しかし、荒事にもっとも資質を見せる海老蔵までもかと、役者の欲に圧倒された。全体に海老蔵流が貫いており、型を借りながらも、細かい段取りや肚の作り方は自在。特に海老蔵の俊寛は、目をぎょろつかせて、やつれ果てた化粧で登場し、身体と精神の衰えが、このような捨て鉢な結果を生んだ。そんなリアルな解釈に基づいているように見えた。成否はともかく、こうした大作で、新しいやり方を試す自信と気力が海老蔵に備わっていることを頼もしく思う。『俊寛』のみならず、吉右衛門という名優がいるだけに播磨屋の当り狂言を外の役者が挑むのは、大いなる勇気が求められる。伝統は大事で、伝承はもとより重要だが、破壊なくしては再創造が成し遂げられないのも確かである。
千鳥の児太郎は、昭和の『俊寛』を思わせる古風さがあって出色。ひたむきさは、ときに人を狂わせる。心理によらない千鳥であった。
右團次の基康は、事態が変わっても心境をぶらさない肚の強さがある。市蔵の瀬尾は憎々しさのなかに、杓子定規に物事をすすめなければ気が済まない性格がほのみえた。
九團次の成経、男女蔵の康頼。
そして、海老蔵の『春興鏡獅子』。シャイヨー宮の海老蔵襲名を含め、この人の鏡獅子を見てきたが、今回がもっともすぐれていた。特に、前シテ、弥生がいい。これまで、どうしても立役主体のたくましさが出ていたが、折れそうになる気持ちを鞭打ちながら、江戸城での踊りを続ける弥生の心情が全体から浮かび上がる。川崎音頭、袱紗、二枚扇、いずれも破綻ない。
後シテの獅子の精はすでに定評がある。無理に受けをとりに行かず、余裕をもっているかに見せるだけの技倆がそなわってきたように思う。孤蝶の精は、市川福太郎、市川福之助。飛鳥井は斎入。用人に新十郎、家老はッ橘。
なお、夜の部は『牡丹花十一代』が出た。実質的には清元の『お祭り』の変型。孝太郎を含め、一座総出で成田屋の繁栄を祝う。堀越勸玄と麗禾が客席を湧かせる。
のちに、海老蔵の團十郎襲名と、勸玄の新之助襲名が発表になった。慶賀の至りである。
別原稿で書くべき事柄かもしれないが、三ヶ月の襲名興行では、つねではなかなか見られない大顔合わせの舞台を期待している。二十七日。

2019年1月12日土曜日

【劇評130】平成の掉尾、吉右衛門の光秀と播磨屋一門の栄光。

歌舞伎劇評 平成三十一年一月 歌舞伎座夜の部

歌舞伎座夜の部は、重量級の『絵本太功記』から。吉右衛門の光秀、雀右衛門の操、幸四郎の十次郎、又五郎の正清、歌六の久吉、そして急遽、東蔵から秀太郎に代わった皐月。平成歌舞伎の掉尾を飾る大芝居となった。
幸四郎の十次郎、米吉の初菊は、若々しく美しいが、戦場の前線近くにいる緊張感に乏しく、芝居になっているのが惜しい。
秀太郎の皐月と雀右衛門の操が出てから、急に事態は緊迫する。芸の力は恐ろしいと思うのは、個人の苦悩が、普遍的な人間の業へとつながってくるところにある。
歌六の久吉に華やかさがあり、又五郎の正清に力感がこもる。このふたりがあって、吉右衛門中心の一座。何をするわけではない。身体のありようをみるだけで、人の生を思う。さらにいえば、深い歴史の闇が漂うかのようだ。
さて、吉右衛門の光秀だが、これまで以上に古怪で、しかも一筋縄では理解出来ぬ肚の大きさがあった。ここにいるのは等身大の人間ではもとよりない。近代的な意味での心理を拒み、戦場が産み落とした怪物として舞台に君臨する。天を仰ぐときに、自然と対峙する人の覚悟が読める。
戦場から戻った十次郎に、光秀が薬を与えるときには、急に人の情があふれる。感情の振幅をいかに表現するべきかを教えられる舞台であった。
続いて『勢獅子』。梅玉、芝翫の鳶頭、雀右衛門と魁春の藝者を筆頭に、若手の鳶の者たちが踊りを競う。鷹之資は天禀だけではなく、踊り込んでいるのがよくわかった。
夜の部の切りは「お土砂」と「火の見櫓」。紅屋長兵衛の役は、役者が日頃つとめている役とこのチャリめいた役の落差を愉しむ芝居である。その意味で、猿之助は達者で笑いをとるが、「エッ、この役者がこんな役をするの?」という驚きがない。
七之助のお七、幸四郎の吉三郎は、匂い立つような若さがある。若さゆえの残酷、若さ故の暴走がほのみえる。「火の見櫓」で七之助は人形振りを見せ、後見とともに魅せるだけの力量がそなわっている。ただし、憐れなだけでは振りしきる雪の場が持たず、かといって狂気になってしまえばそれまで。お七は、観客が持っているイメージをいかに引き出すかにかかっているのだろう。下女お杉は、竹三郎でこなれている。二十六日まで。

【劇評129】白鸚の代表作となった大蔵卿

歌舞伎劇評 平成三十一年一月 歌舞伎座昼の部

正月にふさわしい演目がある。
まず、第一は曽我物だろうし、また、三番叟もまた、祝祭感にあふれる。めでたい大団円で終わる吉田屋もまた、初春にふさわしい。 壽新春大歌舞伎、歌舞伎座昼の部は、まずは『舌出三番叟』。おおらかな芝翫の三番叟と、規矩正しい魁春の千歳。まことにめでたく、また今年の歌舞伎がはじまるのだと実感する。ただ、「舌出し」とあるが、赤い舌を出したようには思えなかった。愛嬌をもそなえた芝翫だけに、この狂言名と型が矛盾指定し待っている。
次は『吉例寿曽我』。今井豊茂補綴とあるが、黙阿弥の「雪の対面」を今月のために書き改めた作。完全復帰のために努力している福助の工藤の動きを最低限とするための工夫であろう。曾我一万は七之助。箱王は芝翫。この一対だが、七之助は柔らかなこなしで落ち着きがある。児太郎の舞鶴は、凜とした立ち姿を見せる。芝翫は稚気というよりは貫目が先立つ。そして、御簾内より福助の声が聞こえ、場内は応援の掛け声でいっぱいになる。一万、箱王の敵討ちは、今日はかなわぬ次第になるが、兄弟の無念を、福助の工藤が哀切に満ちた芝居で受け止める。支えがないとすっくと立つまでにはいかないが、回復振りがわかってほっとした。
さて、幸四郎の伊左衛門、七之助の夕霧。上方の風情には乏しいが、幸四郎の仁と柄は、つっころばしにもっともふさわしい。声もはりすぎず、夕霧を待つくだりも、さらっとやって愛嬌がこぼれる。威勢のよさ、若旦那の見栄のいじらしさがもっと観たい。七之助も位の高い太夫を演じてもう破綻がない。大役を近年勤めてきた自信がそうさせるのだろう。喜左衛門は東蔵。小声で出て、なにかあったのかと思いきや、インフルエンザで夜の部からの休演をのちに知った。かけがえのない役者であり、いつまでも舞台を観ていたい。早い回復をお祈りする。喜左衛門の女房おきさは秀太郎。さすがに廓の稼業の粋も甘いも知り抜いた人の風情があった。
昼の部の切りは、『一條大蔵譚』。檜垣と奥殿だが、白鸚に生彩がある。昭和四十七年十二月以来だと言うが、作り阿呆と内心の落差で笑いを取るやり方ではない。むしろ、忍従の日々を送っている人の辛さ、哀しさで一貫しており、観客の胸を打つ。また、側にいる常盤御前(魁春)や鳴瀬(高麗蔵)から敬意を持たれているとよくわかる。また、お京(雀右衛門)や鬼次郎(梅玉)が、大蔵卿の人となりにやがて感服していく過程が説得力を持った。平家追討が内心にあるからだけではない。憂き世の辛さを一身に受け止めている大蔵卿の人柄に、皆が共感していく。くぐもった口跡も、苦悩の表現として受け止めた。あえて受けを狙わず、ドラマの実質本位の役作りで、白鸚の代表作として残るだけの出来映えであった。二十六日まで。

【劇評128】ご趣向による菊五郎と贔屓の対話

歌舞伎劇評 平成三十一年一月 国立劇場

菊五郎劇団恒例の正月興行。平成の終わりに選んだのは、『姫路城音菊礎石』。並木五瓶の『袖簿播州廻』を国立劇場文芸研究室が大胆に補綴した舞台である。
こうした復活狂言が現代性を持ち得るかどうか、鍵はふたつある。ひとつは、五瓶のような大作家であろうとも、現代人の歌舞伎Ⅱ対する理解に合わせて、錯綜する筋を明快にし、まだるい場面を大胆に整理すること。さらに、菊五郎のような統率力のある座頭の監修によって従来の歌舞伎の常識にとらわれない斬新な演出がほどこされること。この二点に尽きる。
まして、この正月公演は、菊五郎のサービス精神に貫かれている。「お客様も毎年『今回の趣向は半だろう』と楽しみに待っていて下さり、これが有難くも大変なところです。皆さまをアッと言わせたいですからね」。文芸趣味に傾斜したりすることなく、ただただご趣向を楽しんで頂く。この姿勢が観客との対話に通じているのだろう。
今回の舞台も肩の凝らぬ舞台で、序幕冒頭は姫路城の映像から始まる。おそらくはCGによるものだが、名高い名城の美しいプロポーションを見せ、さらに映像は天守閣に迫っていく。この舞台の背景にある場の魔力をあらかじめ観客に伝えようとしている。
全体を辛くのは、東雲の香炉の紛失と、桃井家の嫡男陸次郎(梅枝)の廓遊びの行方である。第二幕の見どころは、菊五郎の演じる桃井家の家老・印南内膳が、お家の窮地を救うかと見せ、実は…というどんでん返しがご趣向となる。菊五郎は役者の年輪を重ねて、世話物の二枚目から、実悪としての大きさ、貫目を強く示すようになった。肚を容易には割らないところは、菊五郎が以前から主義として持っている姿勢で、ここでもその瞬間瞬間の真実を生きる芝居が効果的になっている。
三幕目は菊之助の颯爽たる武者姿、十二単を着た時蔵の異形の後室碪の前がおもしろく、理屈抜きで役者の内部に埋蔵されている魅力を引き出している。
四幕目の世話場は、百姓の姉娘お辰(菊之助)がその伜平吉(寺嶋和史)の手を引いて登場する。のちに姿を変えて、お辰に瓜二つの小女郎狐(菊之助)が福寿狐(寺嶋眞秀)とともに現れる。他愛もないと思われるかも知れないが、ふたりの子役を生かした演出は、歌舞伎愛好家の興味をくすぐる。
さらに場が進んで、大蔵平作住居の場となると、松緑の平作こと古佐壁主水の見せ場となる。死んだはずの主水が百姓平作としてふたたび蘇る不思議、その哀切に陰影がこもる。
大詰は、香炉が取り戻され、ついにはめでたく大団円へと向かう。壮観な絵面で締めくくるが、下手端の松緑、上手端の菊之助、いずれも拵えがその前の幕と隔たりがあり、一瞬、だれとわからない。平吉(寺嶋和史)が傾城尾上(右近)に付き添われて、菊五郎の隣にいることもあるのだろう。こうした絵面は単なる豪華さだけではなく、芝居全体の見取り図となれば、胸がすくような幕切れとなるだろう。
安心して正月気分を満喫できる舞台であった。
二十七日まで。