長谷部浩ホームページ

長谷部浩ホームページ

2019年8月18日日曜日

【劇評144】七之助、『伽羅先代萩』の飯炊きに挑む

歌舞伎劇評 令和元年八月 歌舞伎座第一部

八月納涼歌舞伎は、恒例の三部制を取る。
第一部は、七之助初役の『伽羅先代萩』の政岡。竹の間を出さずに、御殿から床下まで。ただし御殿では、近年ではめずらしく飯炊きを出した。政岡は、管領家の企みによって、鶴千代君(長三郎)が毒殺されるのを怖れていた。膳部から出された食事を食べさせない。茶道具を使って、若君と我が子長松(勘太郎)の飯を炊く件りである。
五代目歌右衞門の『歌舞伎の型』には、この手順が詳細に残っている。六代目歌右衛門はこの正統的な後継者であり、当代の菊五郎、玉三郎も六代目から教えを受けている。それにもかかわらず、この飯炊きが必須のものとされていないのは、ある種の事大主義に染まった件りであり、現在の観客には退屈との判断があるからだろう。ただし、歌舞伎の伝承という観点からは、次代の女方を担うべき人材は、一度は、舞台に掛けておく意味がある。
七之助の飯炊きは、大名茶といわれる石州流を踏まえて、坦々と運ぶ。もとより、茶道の専門家ではないから、長年、お茶の世界に親しんだ一部の観客にとっては、まだるいところもあるだろう。けれども、この飯炊きを継承するべき意志がはっきりと打ち出されたところで、真摯な姿勢が胸を打つ。
また、七之助ばかりではなく、だれが演じてもまだるくなりがちな場面を、勘太郎と長三郎の芝居が救っている。このふたりの舞台に対する態度は、勘三郎ゆずりであり、場をきちんと持たせようとする意識に貫かれている。甥ふたりが無私の気持ちで演じるかたわら、七之助は坦々とこの件りをしおおせたのだった。
問題があるとすれば、栄御前が舞台から下がってからだろう。八汐(幸四郎)によって長松を惨殺されたにもかかわらず、鶴千代君を守ることを専一としていた政岡が内心を見せる。沖の井は児太郎。哀切な竹本から、政岡のクドキとなる。
コレ政岡。よう死んでくれた。でかしゃった、でかしゃった。

の調子はよいが、次第に感情が高ぶって、八汐への恨みや憎しみが高まってくる。声も高まっていく。
特に、

「三千世界に子を持った、親の心は皆ひとつ」からは、忠義大事に人生をおくってきた政岡の自責の念がにじむ。我が身を責め立てることで感動を呼んでいく。このあたりが、七之助は抑制を破ってしまうために、写実に傾く。あくまで様式のなかでの嘆きを故意に狂わせているように思える。「辛抱」があくまで役を貫いている覚悟を見たい。

このあたりのさじ加減は口でいうほど容易ではない。立役ならば由良之助、女方は政岡が歌舞伎の大役、二代横綱としてあると五代目歌右衛門も言った。回を重ねるほど、七之助の政岡が進化していく過程を見届けたい。
「天命思い知ったるか」で御簾が閉じてからは、床下。巳之助の男之助は、この役者の着実な成長ぶりが見える。さらに幸四郎の仁木弾正は、巨悪の大きさが出ている。もとより柄に不足はないが、二枚目にこだわるのではなく、役の幅が国崩しまで広がってきたと実感させられた。

続いて『闇梅百物語』。思惟後、彌十郎、種之助、歌昇、扇雀、虎之介、幸四郎がメドレーのように夏らしい怪談の情景を綴っていく。趣向の芝居で、のんびり涼味を愉しんだ。二十七日まで。

2019年7月14日日曜日

【劇評143】海老蔵は、気宇壮大である

歌舞伎劇評 令和元年七月 歌舞伎座昼の部、夜の部

今年も七月の歌舞伎座は、海老蔵の奮闘講演。毎年のように新機軸を打ち出し、しかも満員御礼となる。歌舞伎が興行である以上、まことに慶賀の至りである。
夜の部から書く。
海老蔵が『義経千本桜』を題材に、主要な役のほとんどすべてを早替りで見せる『通し狂言 星合十三團(ほしあわせじゅうだんだん) 成田千本桜』(織田絋二、石川耕士、川崎哲男、藤間勘十郎 補綴・演出)である。発端から、大詰まで、海老蔵はほぼ出ずっぱり。なにしろ、単独でも大役といわれる知盛、権太、忠信を一晩で出してしまうのだから気宇壮大きわまりない。歌舞伎のトライアスロンというべき壮挙である。
「伏見稲荷」「渡海屋」「大物浦」。「椎の木」「小金吾討死」「鮨屋」。「法眼館」「奥庭」。と場を並べただけでも気が遠くなる。かつて、猿翁(先代猿之助)が復活した『伊達の十役』のときも仰天したが、ここまで大役を網羅するのは、本人はもちろんだが、受けの芝居をする市蔵、そして早替りを支える名題下も、裏ではさぞ忙しく、大変だろうと想像する。観る方にも体力が必要で、老いた私は、「大物浦」が終わったあたりでお腹がいっぱいになった。
ここまでくると、権太が本役だとか、知盛に腹が薄いとか、忠信の狐詞が幼いとか弱点をあげつらっても意味はない。ドラマの実質よりは、だれもやったことがない歌舞伎をやる。強い意志に胸を打たれた。
また、二十五日公演、休演日を取らない歌舞伎座の常識も、海老蔵からすれば常識ではない。昼の部を一日、夜の部を三日休む。勘三郎、三津五郎を喪った今となっては、こうした休演日を必要性を訴える海老蔵の主張は、しごくまっとうに思える。また、ここまでの奮闘公演では、周囲も休演日やむなしと思うのも当然だろうと考える。
昼の部も、海老蔵は二本の出し物を出す。右團次の『高時』は、舞台に大きさがあり、やはり芯を勤める役者なのだと改めて思う。獅童の『西郷と豚姫』が幕を閉じたら、海老蔵の独壇場となる。
『素襖落』は、次郎冠者に友右衛門、姫御寮に児太郎、太刀持に市蔵、三郎吾に権十郎、大名某に獅童を配する。狂言から来た出し物だが、海老蔵に腹からの笑いが乏しく、神妙な一幕となってしまっている。
続いては、海老蔵と堀越勸玄の『外郎売り』。團十郎、海老蔵襲名を控えているからか、堂々たる成田屋の芝居である。堀越勸玄は、将来の大器を今から予感させる舞台度胸で、むずかしい言立てでは、余裕さえ感じさせる。観客席は万雷の拍手。こうして御曹司として生まれた役者は、演じることのおもしろさを身につけて行くのだろう。二十八日まで。

付記 この劇評を書き終えてアップしたのは14日。翌日の15日には海老蔵の休演が発表された。病名は急性咽頭炎である。役者にとって声は生命線である。大事を取り、しっかり休養してほしいと思う。