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2018年5月26日土曜日

【閑話休題78】ケラリーノ・サンドロヴィッチとナイロン100℃の幸福

劇団の二十五周年のその年に、二冊の本が刊行される。また、劇団の公演も立て続けに行われた。ケラリーノ・サンドロヴィッチとナイロン100℃にとっては、幸福な一年といえるだろう。
はじめの一冊は、ハヤカワ演劇文庫の一冊で『ケラリーノ・サンドロヴィッチⅡ 百年の秘密 あれから』(早川書房 1500円)である。すでにこの文庫からは、二○○二年に『消失 神様とその他の変種』が上梓されている。他の著者には、○○○○ⅠやⅡの表記があるから、なぜケラリーノ・サンドロヴィッチにはないのだろうといぶかしく思っていた。今回、Ⅱが刊行されたのは、なによりよろこばしい。
『百年の秘密』は、二○一二年の四月に初演され、またこの一八年四月に再演された。KERA得意のクロニクルの形式を採る。一家の長い歴史を劇で叙述するが、発想の原点は、トーマス・マンの教養小説にあるように思う。年代記は、一族の興亡を描くから、親子、夫婦、親戚の愛憎と哀惜を浮かび上がらせるにふさわしい。また、グランド・ホテル形式とともに、登場人物が多人数になるので、俳優が成長した劇団の公演にはうってつけである。つまりは、出演者のだれもが見せ場のある芝居を書きやすいのである。
久しぶりに見た『百年の秘密』は、すぐれたエンターテインメントになっていた。家の庭にある樹木とその根元に隠されたあるものをめぐって叙述される。女教師と年の差のある教え子の恋愛と別れ、姉妹のようにして育ったふたりの女性、それぞれの生き方を描いて戯曲自体も充実しているが、六年の歳月を経て、劇団員が成熟したのが大きい。だれともいいにくいが、犬山イヌコと峯村リエが、抑えかねる悲しみをこぼれさせているのに打たれた。
もう、一冊は、豪華本で『ナイロン100℃ シリーワークス』(白水社 四七○○円)と題された劇団の二十五周年記念本である。私自身も原稿を寄せている。ナイロン100℃のパンフレットを手に取る度に思うのだが、KERAの意志が細部まで込められている。単に、自作戯曲の文学的な位置づけにこだわるのでない。あくまで上演された舞台が、懐かしく思い出されるように工夫されている。
また、劇団員のファンブックとしての側面も強く意識されており、犬山イヌコ、みのすけ、峯村リエ、三宅弘城ら、現代演劇を上演するときになくてはならぬ存在と成長した俳優たちの思いが伝わってきた。
記録としての側面も大切にされている。KERAといえばTwitterのようなSNSでの活躍も目立つが、こうした活字媒体を重く見ているのがよくわかった。
いずれにしろ書店や図書館で一度、手に取ってみると紙の束の重みがずっしりと感じられるだろう。