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2016年6月17日金曜日

【劇評51】雀右衛門の進境を博多座で観る。

歌舞伎劇評 平成二十八年六月 博多座

博多座で新・雀右衛門の襲名披露を観た。昼の部は、仁左衛門の熊谷、雀右衛門の相模、歌六の弥陀六に、菊之助の藤の方と襲名らしく顔の揃った『熊谷陣屋』。雀右衛門は出から威厳が備わって、急転する人生を受け止めつつ耐える女として相模を着実に作り上げる。仁左衛門は「ご内見はかないませぬ」と藤の方を止めるときの厳しさ、法衣になってからの内省と申し分ない。残された相模はどうなるのかと案じられたのは、襲名の雀右衛門を盛り立てようとする一座のよさだろうか。現在、考えられるかぎり一級品の『熊谷陣屋』といってよいだろうと思う。
夜の部は、『本朝廿四考』が出た。この芝居まずは菊五郎の勝頼が本舞台の芯にいるが、馥郁たる色気が漂う。円熟がこの芸容となったのだろう。上手に雀右衛門の八重垣姫、下手に時蔵の濡衣。愛太夫渾身の竹本に情がこもり、勝頼を慕っていた筈が、美貌の青年に惹きつけられ、やがて本物の勝頼とわかる筋立てを炎が燃え上がるように見せたのは、雀右衛門の手柄だろうと思う。切なさに心を裂かれる八重垣姫は、もとより難役だが、雀右衛門には先代とはまた色が違う。あえていえば現代的な切れ味、シャープさが備わっていてこの先の藝境が楽しみになった。
他に、菊五郎が自在な境地にいたって見せる『身替座禅』、仁左衛門と左團次がお互いの気持を探り合う『引窓』がすぐれる。孝太郎のお早の可憐。竹三郎のお幸の女親の哀しみ。これもまた一級の舞台である。
また、菊之助が『十種香』で白須賀六郎として颯爽と現れたかと思うと、次の幕では『女伊達』で江戸の粋を体現する。鮮やかな替わり方で、立役としても充実期にある菊之助の現在を楽しめる。これほどの大一座でない限り芯を取ることが多くなった菊之助が、脇に回る面白さがあった。二十六日まで。