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2016年1月24日日曜日

【劇評38】過去の時代を物語ることで、現在の問題をえぐり出す。永井愛作・演出『書く女』

 現代演劇劇評 平成二十八年一月 世田谷パブリックシアター

過去の時代を物語ることで、現在の問題をえぐり出す。
演劇がもっとも得意とするこの手法を用いて『書く女』(永井愛作・演出)は、単に樋口一葉の評伝を超えて、昨今のきなくさい状況をあぶりだす舞台となった。
二○○六年の初演から十年が経った。寺島しのぶ演ずる樋口一葉(夏子)が書くことへの懊悩に取り憑かれていたとすれば、今回、黒木華が演ずる一葉は、人間としていきることの難しさに立ちすくんでいる。
それは明治という時代の特殊性を超えて、日本の社会が抱え込んだ歪みが、貧困や頭痛のようなかたちでひとりの若い女、夏子に襲いかかっている図のように思えてきた。
上演台本は刈り込まれて完結になった。伴奏に生のピアノをおごったことで、出来事が起こるたびに人間の心の糸が切断される瞬間が聞き取れた。また、半井桃水を演じた平岳大、樋口くにを演じた朝倉あきらキャストも清新で小気味がいい。
劇作は、桃水との恋愛と逡巡、過酷な生活、若き文士たち平田禿木(橋本淳)川上眉山(兼崎健太郎)との交友とその喜び、そして苛烈な批評家斎藤緑雨(古河耕史)との綱引きまで飽きることがない。
また、伊藤夏子(清水葉月)や野々宮菊子(盛岡光)半井幸子(早瀬英里奈)田辺龍子(長尾純子)が効果的に配置されて、いよいよ独り身で書く女であることの困難と愉悦が浮かび上がる。夏子の母たきは、木野花で旧世代を代表する。
その意味で、特に劇の後半は、樋口一葉とその周辺に生きた人々をめぐる良質の群衆劇としても成立している。
装置の大田創、照明の中川隆一、音響の市来邦比古が、現在にも通じる暗い世相を象徴するかのように陰翳の深い舞台を創り出した。三十一日まで。二月は愛知から福岡まで巡演する。